人間五十年、下天の内をくらぶれば、夢幻の如くなり
読み方:じんかん ごじゅうねん、げてん の うちを くらぶれば、ゆめまぼろし の ごとく なり
意味
人の世の五十年という長い年月も、天上界の時間尺度から見ればほんの一日のように短く、夢や幻のようにはかないものだ、という意味。人の命や栄華は永遠ではなく、すべては移り変わり消えていくという無常観を表す。
由来
室町時代(15世紀頃に成立したとされる)の幸若舞曲『敦盛』の一節で、作者・正確な成立年は不明である。仏教の六欲天における時間観念、すなわち下天(四天王天)の一昼夜が人間界の五十年に当たるという説を踏まえる。織田信長が桶狭間の戦いの前にこの一節を舞ったという逸話でも広く知られる。
備考
「人間」は通常の「にんげん」ではなく、この句では「じんかん」と読む。単に当時の平均寿命を述べた言葉ではなく、仏教的な時間観にもとづき人生の無常をいう。
別表記
- 人間五十年、下天の内を比ぶれば、夢幻の如くなり
- 人間五十年、下天の内をくらぶれば、夢幻のごとくなり
誤用・混同注意
- 「人間」を通常どおり「にんげん」と読むのは一般的な読みではあるが、この『敦盛』の句としては「じんかん」と読む。
- 「五十年」は当時の人間の平均寿命をそのまま示す数字だとする理解は不正確である。下天の一昼夜が人間界の五十年に相当するという仏教的時間観との比較である。
- 「下天」を「下界」や「かてん」と書いたり読んだりする誤りがある。
例文
- 人生の盛りは短い。『人間五十年、下天の内をくらぶれば、夢幻の如くなり』というように、今ある時間を大切にしたい。
- 大企業で栄華を誇った一族も没落したと聞くと、人間五十年、下天の内をくらぶれば、夢幻の如くなりという言葉を思う。
- 祖父は節目の誕生日に、人間五十年、下天の内をくらぶれば、夢幻の如くなりと口にして、人生の短さを語った。