管中窺天
読み方:かんちゅう きてん
意味
管の中から空をのぞくように、狭い範囲だけを見て、物事の全体や本質を理解できていないこと。見識・視野が非常に狭いことのたとえで、一般に自分や他人の見方をへりくだって、または批判的にいう。
由来
中国の思想書『荘子』の「秋水」篇にある、管を通して天をのぞき、きりで地面を指すような見方はあまりに小さい、という趣旨の文章に基づく故事成語である。『荘子』は戦国時代から前漢初期にかけて(おおむね紀元前4~前2世紀ごろ)に成立したとされる。
備考
主に、見聞や視野の狭さを批判的にいう語。「管見」は、自分の意見をへりくだっていう場合にも用いられるが、「管中窺天」は狭量な見方そのものを指すことが多い。
誤用・混同注意
- 「管中観天」と書くのは誤り。正しくは「管中窺天」。
- 「窺」は「うかがう」と読み、単に「見る」よりも、のぞき見る意を表す。
例文
- 自分の業界の常識だけで市場全体を判断するのは、まさに管中窺天だ。
- 海外の事例を知らずに国内の制度だけを論じていては、管中窺天のそしりを免れない。
- わずかな資料から結論を急いだ自分の考えは、管中窺天だったかもしれない。
分類
類義語
対義語
- 高瞻遠矚
- 遠見卓識