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飛鳥川の淵瀬常ならぬ世

読み方:あすかがわ の ふちせ つねならぬ よ

意味

世の中の物事や人の境遇は、飛鳥川の深い淵が翌日には浅い瀬になるように、絶えず変化して一定ではないという意味。栄える者が衰えたり、苦しい状況が好転したりするなど、人生や世の移ろいやすさをいう。

由来

『古今和歌集』巻十八・雑歌下にある、作者未詳の歌「世の中は何か常なる飛鳥川昨日の淵ぞ今日は瀬になる」に由来する。『古今和歌集』は平安時代前期の延喜5年(905年)頃に成立した勅撰和歌集である。飛鳥川の淵と瀬が変わる様子に、世の中の無常な変化を重ねた表現で、対象句はこの歌を踏まえた省略形である。

備考

文学的でやや古風な表現。日常会話より、文章や随筆などで世の無常や盛衰を述べる際に用いられる。「飛鳥川」は奈良県の飛鳥地方を流れる川を指す。

例文

  • 会社の栄枯盛衰を見ていると、まさに飛鳥川の淵瀬常ならぬ世だと感じる。
  • 災害の後、見慣れた町の姿が一変し、飛鳥川の淵瀬常ならぬ世を思った。
  • 地位も財産も永遠ではない。飛鳥川の淵瀬常ならぬ世を忘れず、驕らずに生きたい。

分類

類義語

対義語

このことわざに使われている漢字