書類の日付を書くとき、昔の写真の裏を眺めるとき、私たちは「令和」「平成」「昭和」という二文字に出会います。たった二文字なのに、そこから街の風景や音楽、家族の思い出まで浮かんでくるのは不思議です。
けれど、元号は、その時代に起きたことを後からまとめた名前ではありません。これから始まる時代をどうあってほしいと願うか。その理想を、古典の言葉に託した名前でもあります。
なぜ「令」が選ばれたのか。「平成」は何が「成る」のか。そして「昭和」の「昭」は何を照らすのか。二文字の向こうにある言葉の世界を訪ねてみましょう。
元号はどうやって選ばれる?古典と実用性の両立
元号というと、まず漢字の意味に目が向きます。しかし、意味が立派なら何でもよい、というわけではありません。毎日の暮らしで使う名前だからこそ、読み書きのしやすさも大切です。
現代の政府の選定手続では、候補について、おおむね次のような条件が示されています。
- 国民の理想としてふさわしい、よい意味を持つこと
- 漢字二字であること
- 書きやすく、読みやすいこと
- 過去の元号や天皇のおくり名として使われていないこと
- 日常の言葉として一般に使われているものではないこと
有識者が考案した候補を検討し、意見を聴くなどの手続を経て、最終的には政府が政令で定めます。現在の法的な根拠は、1979年に成立した元号法です。
ただし、この現代の制度を、そのまま昭和の選定に当てはめることはできません。 時代によって制度は異なります。それでも、古典に根拠を求め、よい意味を備えた二文字を選ぶという姿勢には、長い連続性があります。
令和――命令ではなく、「よい月」と「和らぐ風」から
2019年4月1日に発表され、同年5月1日から使われ始めた令和。その出典は、『万葉集』巻五に収められた「梅花の歌三十二首」の序文です。
于時初春令月、氣淑風和
書き下すと「時に、初春の令月にして、気淑く風和ぎ」。春の初めのよい月に、空気はうららかで、風は穏やかに吹いている――そんな情景です。
ここで、二つの漢字を見てみましょう。
「令」には「よい」「立派な」という意味がある
「令」と聞いて、命令や法令を思い浮かべた人もいるでしょう。確かに、それもこの字の重要な意味です。しかし、「令」にはもう一つ、よい、立派な、美しいという意味があります。
たとえば「令嬢」「令息」は、相手の娘や息子を敬っていう言葉です。「令月」も命令に関係する月ではなく、よい月、めでたい月を表します。
つまり、令和の出典を読むときは、「令」のどの意味が働いているのかを見極めることが大切なのです。
「和」は、まず春風の穏やかさを描いている
「和」には、なごむ、穏やかである、仲よくする、調和するなどの意味があります。元になった「風和」という表現では、まず風の穏やかな様子を描いています。
その自然の情景を背景に、政府は令和について、「人々が美しく心を寄せ合う中で、文化が生まれ育つ」という意味を込めたと説明しました。
原文が描く景色と、元号として託された願いは、つながってはいても同じものではありません。 春の風景を表す古典の言葉が、新しい時代の理想として読み直されたのです。
梅を囲んだ宴が、約1300年後の元号へ
この序文の舞台は、730年、現在の福岡県の太宰府にあたる大宰府で開かれた梅花の宴です。大伴旅人の邸宅に集まった人々が、梅の花を題に歌を詠みました。
令和は、出典が確認できる日本の元号として、初めて日本の古典を直接の典拠にしたものとされています。ただし、その序文自体は漢文で書かれ、中国文学の豊かな影響も受けています。
日本の歌集と漢字文化が交わる場所から生まれた二文字、と見ると、その奥行きがいっそう感じられます。
平成――内も外も、天地も、穏やかであれ
1989年1月8日に始まった平成には、中国の二つの古典が関わっています。
- 『史記』五帝本紀の「内平外成」
- 『書経』大禹謨の「地平天成」
この二つの表現を典拠として選ばれたのが、次の漢字です。
「平」は、たいらであることから、穏やかであることや、よく治まっていることにも意味が広がります。「成」は、できあがる、成し遂げる、成り立つという意味です。
「内平外成」は内が平らかに治まり、外もよく治まることを、「地平天成」は地が平らかに治まり、天の営みも整うことを表す言葉です。平成には、「国の内外、天地とも平和が達成される」という願いが込められたと説明されました。
「平らに成る」だけでは読み切れない
平成を字面だけで読むと、「平らに成る」という説明で済ませたくなります。しかし、出典までたどると、視野はぐっと広がります。
家庭や国内だけが穏やかならよいのではない。外の世界も、さらには天地の営みも含めて、よい状態に整ってほしい。そこには、人の暮らしを大きな秩序の中で考える、古代中国の政治的・文化的な世界観があります。
「平」は単に平坦ということではなく、乱れがなく安らかな状態。「成」は、その状態が実現すること。二文字の短さの中に、広い世界への願いが凝縮されているのです。
昭和――明るさと調和を、広い世界へ
1926年12月25日に始まった昭和。その出典は、『書経』堯典の次の一節です。
ここでいう「百姓」は、現在の日本語でいう農業従事者の意味に限定して読む言葉ではありません。古代中国の人々や氏族をめぐる表現で、現代語の感覚だけで読むと意味を取り違えてしまいます。
注目したいのは、「昭明」と「協和萬邦」です。
「昭」は、明るい、明らかであるという意味を持つ字。「協和萬邦」は、多くの国々が調和することを表します。この一節から「昭」と「和」を取り、明るさと広い世界の調和を願う名にしたのが昭和です。
明るい願いと、実際の歴史を分けて考える
昭和という言葉から、戦争を思う人もいれば、復興や高度経済成長を思う人もいるでしょう。長い時代だけに、その響きに重なる記憶は一つではありません。
だからこそ、元号の意味を知るときには、名に託された理想と、実際に歩んだ歴史を分けて考えることが大切です。
昭和は「平和だった時代だから」付いた名前ではありません。時代の始まりに選ばれた、明るさと調和を願う名前でした。願いと現実の隔たりも含めて、元号は歴史を考える入口になります。
同じ「和」でも、出典の景色は違う
令和と昭和には、同じ「和」が使われています。しかし、元の文章で描かれているものは異なります。
- 令和の「和」:春の風が穏やかに吹く、自然の情景
- 昭和の「和」:多くの国々が調和する、政治や社会の理想
- 平成の「平」:内外や天地がよく治まる、安らかな秩序
こうして並べると、三つの元号に穏やかな世界への願いが通っている一方で、その願いに至る道筋は同じではないと分かります。
漢字の意味を一字ずつ知ること。そして、その字が置かれていた文章を読むこと。この二つを重ねると、元号は単なる年の呼び名ではなく、古典と現代を結ぶ言葉として見えてきます。
二文字の名前に、これからの時間を託す
令和は、梅の宴を彩るよい月と穏やかな風から。平成は、内外と天地がよく治まるという言葉から。昭和は、明るさと国々の調和を語る一節から生まれました。
元号は、時代の成績表ではありません。まだ誰も知らない未来に向けて差し出された、二文字の願いです。
次に日付を書くとき、その二文字を少しだけ眺めてみてください。いつもの年号の向こうに、古い書物の一節や、春の梅を囲む人々の姿が、ふっと見えてくるかもしれません。