時計を見なくても、カーテン越しの光で「そろそろ起きる時間だ」と感じる。帰り道の空が赤く染まれば、長かった仕事にもようやく区切りがつく気がする。私たちの時間感覚は、今も太陽と深く結びついています。
では、時間を表す漢字の中では、太陽はどのように描かれているのでしょうか。
夜明けから日暮れまでの六文字を並べると、そこには空の風景だけでなく、文字を作り、使い分けてきた人々の工夫が見えてきます。ただし、どの字も「太陽の位置をそのまま描いた絵」というわけではありません。 形で意味を表す字もあれば、音を手がかりに組み立てられた字もあります。その違いにも注目しながら、漢字の中の一日を歩いてみましょう。
一日の流れを、六文字で見渡す
まずは、それぞれの基本的な意味を確認します。読み方は、今回のテーマに関わる代表的なものです。
| 漢字 | 意味 |
|---|---|
| 日 | 太陽。また、一日の時間や日数。 |
| 旦 | 夜明け、朝。 |
| 朝 | 朝。また、朝廷や王朝。 |
| 昼 | 日の出から日没までの明るい時間。また、正午ごろ。 |
| 暮 | 日が沈んで暗くなること。また、生活すること。 |
| 晩 | 夕方から夜にかけて。また、時期が遅いこと。 |
同じ時間帯に関わる字でも、描いている景色や、意味の広がり方には違いがあります。
「日」――四角い文字の出発点は、丸い太陽
太陽は丸いのに、なぜ漢字では四角いのでしょう。
「日」は、太陽の姿をかたどった象形文字です。古い字形には、丸みのある輪郭の中に点や短い線を入れたものが見られます。今の形だけを見ると窓のようですが、出発点は空に輝く太陽でした。
文字は、刻んだり書いたりして繰り返し使われるうちに、形が整えられていきます。「日」の輪郭も、長い変遷を経て、現在の角張った姿へと落ち着きました。内部の線は古い字形の印に由来しますが、これを太陽の黒点などと決めつけるのは避けたいところです。
太陽が昇り、沈み、また昇る。その繰り返しは、時間を数える自然な目印になります。こうして「日」は、天体としての太陽だけでなく、時間の単位としての「ひ」も表すようになりました。
「日がまぶしい」の日と、「三日かかった」の日。同じ字の中で、光と時間がつながっているのです。
「旦」――横線の上に、太陽が顔を出す
六文字の中で、太陽の位置がとりわけわかりやすいのが「旦」です。
一般に、下の横線を地平の線、その上の「日」を昇る太陽と見る会意文字と説明されます。横線は数字の「一」と同じ形ですが、この字では数を数えているのではありません。大地の境目に太陽が現れる、夜明けの情景を示しているわけです。
「元旦」と「元日」の違いも、字形が教えてくれる
「元日」は一年の最初の日。「元旦」は本来、その朝を指します。ただし、実際には「元旦」を元日と同じ意味で使うこともあります。
厳密に書き分けたいなら、次のようにすると明快です。
- 元日の午後:一年の最初の日の午後。
- 元旦に初日の出を拝む:一年の最初の朝に、昇る太陽を拝む。
「元旦の朝」は意味が重なるとされるのも、この字がもともと朝を表すためです。使い分けに迷ったら、横線の上に顔を出した太陽を思い浮かべてみてください。
「朝」――残る月と昇る太陽、その説明には注意も
夜が明けても、西の空に月が残っていることがあります。そんな景色と結びつけて覚えられるのが「朝」です。
「朝」の成り立ちには、草むらの間から太陽が昇り、月がまだ残っている様子とする説明があります。現在の字形の右側に「月」が見えるので、印象に残りやすい解釈でしょう。
ただし、古い字形の右側を「舟」に関わる形と捉え、音を表す要素と見る説などもあり、字源の説明は一つに定まっていません。朝の風景として覚えることと、それを唯一確実な起源とすることは、分けて考える必要があります。
朝の集まりから、政治の言葉へ
「朝」は、朝廷や王朝にも使われます。これらが単なる時間の話ではないのは、朝という時間と政治の営みが結びついていたためです。
朝、臣下が君主に拝謁することとの関わりから、君主に仕える場や政治の中心を表す意味へ、さらに王朝を表す意味へと広がりました。
「今朝」と「王朝」は、ずいぶん遠い言葉に見えます。それでも、朝の光のもとで人々が集まり、一日の政務が始まる光景を想像すると、その間をつなぐ道が見えてきます。
「昼」――高い太陽の絵ではなく、明るい時間の区切り
「昼」は、今の形だけから字源を読み解こうとすると難しい字です。手がかりになるのは、旧字体の「晝」です。
「晝」は、「日」と、「畫」に通じる、区切る意味の要素を組み合わせた字と説明されます。夜と区別される、日の光のある時間を表したものです。現在の「昼」は、この字を簡略にした形です。
したがって、上の部分を雲や屋根に見立てて「その下に太陽があるから昼」と説明するのは、覚え方としてはともかく、字源の説明としては適切ではありません。
「昼」は正午だけではない
「昼夜を問わず」の昼は、夜に対する明るい時間全体です。一方、「昼に集合しよう」と言えば、正午前後を思い浮かべるでしょう。
- 昼は店を開け、夜は閉める:日中という広い時間帯。
- 昼の十二時に会う:時刻を絞った表現。
- 少し早い昼にする:文脈によっては昼食の意味。
漢字の基本的な意味に、暮らしの習慣が重なり、指し示す時間の幅も変わっているのです。
「暮」――日が二つあるのは、文字を作り直した名残
「暮」をよく見ると、「日」が上下に二つあります。夕暮れなのに太陽が二つとは、不思議ではありませんか。
その謎を解く鍵が「莫」です。
「莫」はもともと、草の間に太陽が沈む様子を表し、日暮れを意味した字とされます。ところが、この字は後に「ない」「なかれ」といった否定の意味に借りて使われるようになりました。
そこで、日暮れの意味をはっきり示すために、さらに「日」を加えて作られたのが「暮」です。
つまり、二つの太陽を描いたのではありません。もとの字に含まれる太陽と、意味を示すために後から加えた太陽が、現在の字形に同居しているのです。
日が暮れる、年が暮れる、日々を暮らす
「暮」は、太陽が沈む場面だけにとどまりません。
一日の終わりを表す「暮れ」は、「年の暮れ」のように、もっと長い時間の終わりにも使われます。また、「日を暮らす」「日々を暮らす」という表現からは、時間を過ごすことと、生活することの近さが感じられます。
「暮らし」とは、日々を重ねていくこと。字源そのものとは別の言葉の味わいですが、夕暮れの字が生活を表すところには、どこか温かみがあります。
「晩」――夕方の字から、「時期が遅い」へ
「晩」は、意味を示す「日」と、音を示す「免」を組み合わせた形声文字とされます。
「免」があるからといって、「太陽が逃げる姿を描いた」と断定することはできません。漢字の部品には、意味ではなく音を担当するものもあるからです。
「晩」は夕方や夜を表すほか、時間や時期が遅いことも表します。
- 今晩:今日の夕方から夜。
- 晩秋:秋の終わりのころ。
- 晩年:人生の後半、とくに終わりに近い時期。
- 晩熟:成熟する時期が遅いこと。
夕方を一日の後ろのほうにある時間として捉えると、季節や人生の遅い時期へ意味が広がることも理解しやすくなります。
「暮」と「晩」は意味が重なりますが、表現の焦点には違いがあります。「暮れゆく空」なら暗くなっていく変化、「今晩の予定」なら夕方から夜という時間帯が前に出ます。
文字の中の太陽は、景色だけでなく暮らしも照らす
六文字をもう一度眺めてみましょう。
太陽そのものをかたどった「日」。地平からのぼる光を示す「旦」。古い字形の解釈にも奥行きがある「朝」。明るい時間を区切る「昼」。文字の使い分けの歴史を残す「暮」。音の要素も使って組み立てられた「晩」。
どれも時間に関わる字ですが、作り方は同じではありません。漢字は風景のスケッチであると同時に、意味や音を組み合わせた、人間の工夫の積み重ねでもあります。
明日の朝、窓から光が差し込んだら「旦」を。帰り道、草木の向こうへ日が沈んだら「暮」を思い出してみてください。見慣れた空と見慣れた文字が、ほんの少し違って見えてくるかもしれません。