「あなたは何年生まれ?」と聞かれて、「ねずみ年」「うし年」と答える。年賀状には、その年の動物が描かれる。十二支は、日本の暮らしにすっかりなじんでいます。
でも、よく見ると不思議です。
ネズミなら「鼠」、ウシなら「牛」、トラなら「虎」と書けるのに、なぜ十二支では別の漢字を使うのでしょう。
その謎を解く鍵は、十二支が、もともと動物の名前を並べたものではないという点にあります。十二支は、暦を記し、一日を区切り、方角まで示すために使われてきた、循環する十二の記号なのです。
動物より先に、十二の記号があった
十二支は、子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥という十二の記号を、決まった順に繰り返す仕組みです。
中国の殷代の甲骨文には、すでに十干と十二支を組み合わせて日を記した例が見られます。少なくとも、十二支を使う仕組みの歴史は、年賀状の動物たちよりもずっと古いところまでさかのぼります。
ここで分けて考えたいのは、次の三つです。
- 漢字そのものの成り立ち
- その漢字を十二支の記号として使うこと
- 十二支の各記号に動物を対応させること
たとえば「子」は、もともと幼い子どもの姿をかたどった字とされます。「丑」も、古い字形は指を曲げた手の形に由来すると説明されます。ネズミやウシの姿から、この二字ができたわけではありません。
「寅」の字源には諸説がありますが、これも単純に「トラを描いた字」と理解するのは適切ではありません。
漢字の字源と、十二支に配された動物の由来は、別の話。 ここを切り分けるだけで、十二支の見え方はぐっと変わります。
では、なぜ動物が結びついたのか
戦国時代末から秦代の出土資料には、十二支と動物を対応させた例があり、現在の組み合わせとは異なるものも見られます。漢代の文献には、現在につながる対応が確認できます。
ただし、なぜその十二種が選ばれ、個々の動物がその位置に置かれたのかは、一つの説ですべて説明できるわけではありません。
身近な動物を結びつければ、抽象的な記号を覚えたり、人に伝えたりしやすくなります。その意味で、動物は十二支のわかりやすい「顔」になったといえるでしょう。ただし、覚えやすさだけを歴史的な成立理由と断定することはできません。
神様のもとへ動物が競争し、牛に乗ったネズミが先着した、という昔話も有名です。これは順番を楽しく伝える物語であって、十二支の制度が生まれた経緯をそのまま記録したものではありません。
十二支の漢字と動物を見比べる
十二支の読み方は、日常の動物名と少し違う場合があります。「ね」「う」「み」「い」は、十二支ならではの読みとして覚えておくと便利です。
| 漢字 | 意味 |
|---|---|
| 子 | 十二支の第1。動物ではネズミに対応する。 |
| 丑 | 十二支の第2。動物ではウシに対応する。 |
| 寅 | 十二支の第3。動物ではトラに対応する。 |
| 卯 | 十二支の第4。動物ではウサギに対応する。 |
| 辰 | 十二支の第5。動物では竜に対応する。 |
| 巳 | 十二支の第6。動物ではヘビに対応する。 |
| 午 | 十二支の第7。動物ではウマに対応する。 |
| 未 | 十二支の第8。動物ではヒツジに対応する。 |
| 申 | 十二支の第9。動物ではサルに対応する。 |
| 酉 | 十二支の第10。動物ではニワトリに対応する。 |
| 戌 | 十二支の第11。動物ではイヌに対応する。 |
| 亥 | 十二支の第12。日本ではイノシシに対応する。 |
十二種の中で、竜だけが想像上の動物なのも目を引きます。中国文化では、竜は雨や水、権威などと結びつく重要な存在でした。
また、日本でイノシシに対応する「亥」は、中国ではブタに対応します。十二支は各地へ伝わるなかで、その土地の動物観や言語と結びついてきました。漢字の並びが共通でも、思い浮かべる動物まで完全に同じとは限らないのです。
暦の十二支――「何年?」だけではない
年を記すときは、十干と組み合わせる
十二支は十二年で一巡しますが、伝統的な暦では、甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸という十干と組み合わせて使います。
甲子、乙丑、丙寅……と、十干も十二支も一つずつ進み、同じ組み合わせに戻るのは六十番目の次。この六十通りの組み合わせが、干支です。
「今年の干支は?」という日常会話では十二支だけを指すことが多いものの、厳密には十干と十二支の組み合わせを意味します。満六十歳を祝う「還暦」も、生まれた年の干支が一巡して戻ってくることに由来します。
月の並びは、寅から始まる
伝統的な月への配当では、正月を寅、二月を卯、三月を辰……とし、十一月を子、十二月を丑に当てます。
「十二支は子から始まるのに、一月は寅なの?」と意外に感じるかもしれません。これは、十二支の並びの先頭と、一年の最初の月に配する支は、同じとは限らないためです。
ただし、この配当を現在の新暦の一月、二月にそのまま重ねるのは要注意。旧暦の月と現在の月はずれますし、節気を境として月を区切る方法もあります。
日にも十二支がある
「土用の丑の日」の丑は、年ではなく日の十二支です。丑の日は十二日ごとに巡ってきます。
土用は本来、夏だけでなく季節ごとにある期間。そのうち、夏の土用の丑の日にはウナギを食べる習慣がよく知られています。一つの土用の期間に丑の日が二度入ることがあるのも、十二日周期で巡るからです。
十二支は「生まれ年を表すもの」だけでなく、毎日の暦にも刻まれていたのです。
時刻の十二支――「正午」に残るウマの記号
一日を十二に分け、それぞれに十二支を当てると、一つの支はおよそ二時間になります。現在の時計に対応させる一般的な目安は、次のようなものです。
- 子の刻:午後十一時ごろ〜午前一時ごろ
- 丑の刻:午前一時ごろ〜三時ごろ
- 寅の刻:午前三時ごろ〜五時ごろ
- 卯の刻:午前五時ごろ〜七時ごろ
- 午の刻:午前十一時ごろ〜午後一時ごろ
- 酉の刻:午後五時ごろ〜七時ごろ
十二支は、夜中から明け方、昼、夕方へと進む、一日の目盛りにもなるわけです。
「午前」「午後」は十二支の名残
十二支の「午」と、動物を表す「馬」は別の字です。そして私たちは、動物を意識しないまま、毎日「午」を使っています。
午の刻の中央に当たるのが、昼の十二時。 これが「正午」です。その前が「午前」、後が「午後」。
スマートフォンに表示される時刻を読み上げるときにも、古い十二支の仕組みが言葉の中で生きています。
「丑三つ時」は何時なのか
「丑三つ時」は、丑の刻を四つに分けたうちの三番目を指します。丑の刻を午前一時〜三時として計算すれば、午前二時〜二時半ごろに当たります。
ただし、これは現代の等間隔の時計に置き換えた目安です。江戸時代などには、昼と夜をそれぞれ六等分する不定時法が用いられ、季節によって一つの時間区分の長さが変わりました。
昔の物語に出てくる時刻を読むときは、「現代の何時何分」と厳密に固定するより、夜のどのあたりか、空がどれほど明るいかを想像すると、場面が生き生きと見えてきます。
方角の十二支――地図にも十二支がいた
十二支は、時間だけでなく空間も区切ります。方位を十二等分して、北から時計回りに並べると、四つの基準はこうなります。
- 北=子
- 東=卯
- 南=午
- 西=酉
北から東へ向かう途中に丑と寅があり、東から南の間には辰と巳が入ります。十二等分する方式では、一つ分の間隔は三十度です。
これは十六方位とは区切り方が異なります。「丑は北北東のあたり」と大まかに説明することはできますが、厳密な角度まで同じというわけではありません。
子午線は、北と南を結ぶ線
地理で習う「子午線」は、この方位の呼び名を知ると意味がはっきりします。
子は北、午は南。つまり子午線は、南北の方向に沿う線なのです。
時刻では真夜中と真昼、方角では北と南。子と午は、十二の輪の上で向かい合う位置にあります。同じ並びが時間にも方位にも使われることが、ここによく表れています。
「丑寅」が北東を意味する理由
丑と寅の間に当たる方角は、北東です。このため「丑寅」は、北東を示す呼び名として使われます。
伝統的な陰陽道などで鬼門とされたのも、この北東の方角でした。
鬼の姿が牛の角と虎の皮で表されることを、「丑=牛」「寅=虎」と結びつける説明もよく知られています。ただし、これは鬼の図像について語られる伝統的な説明の一つであり、すべての鬼の姿の起源を一律に説明するものではありません。
それでも、方位の記号が動物の姿に読み替えられ、物語や絵の世界へ広がっていくところには、言葉と想像力の面白さがあります。
十二支は、暮らしを巡る「十二の目盛り」
十二支を動物の行列として眺めると、なぜ鼠ではなく子なのか、牛ではなく丑なのかが不思議に見えます。
けれども、まず十二の記号があり、そこに動物が対応したと考えれば、疑問はほどけていきます。そして、その記号は年だけでなく、月や日、一日の時刻、さらには方角を表すためにも使われてきました。
年賀状の動物、昼休みの「正午」、地図の「子午線」、夏の「丑の日」。別々に見える言葉の奥には、同じ十二の輪があります。
次に十二支を目にしたら、動物たちの背後にある、暦と時計と方位の目盛りを思い浮かべてみてください。見慣れた漢字が、昔の人の時間と空間の捉え方を伝えてくれるはずです。