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「大人」を“おとな”と読むのはなぜ?熟字訓・当て字に残る、日本語のもう一つの読み方

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「大人って、どうして“おとな”って読むの?」

子どもにそう聞かれたら、少し返事に困るかもしれません。毎日のように目にする言葉なのに、いざ説明しようとすると不思議です。

「大」が“おと”で、「人」が“な”。そう考えればよさそうですが、ほかの言葉にその読みを持ち込むと、うまくいきません。

実は、この読み方を理解する鍵は、漢字を一文字ずつに分けないことにあります。「大人」は、二文字で一つの日本語を受け止めているのです。

「大人」は、二文字まとめて「おとな」

大人

大には「ダイ・タイ」「おおきい」など、人には「ジン・ニン」「ひと」などの読みがあります。けれど、これらを順番に組み合わせても「おとな」にはなりません。

「大人」の場合は、熟語全体の意味に対応する日本語として、「おとな」という読みが結びついています。 このような読み方が「熟字訓(じゅくじくん)」です。

普通の訓読みでは、たとえば「山」という一文字に、意味の対応する日本語の「やま」を当てます。熟字訓では、その対応が一文字ではなく、熟語全体に広がります。

  • 一文字と日本語が対応する:山 → やま
  • 熟語全体と日本語が対応する:大人 → おとな

訓には「漢字の意味に基づく日本語の読み」という意味があります。熟字訓も、この意味を仲立ちにした読み方の一つです。

ですから、「大人」の「大」だけを取り出して「おと」と読む、と覚えるのは適切ではありません。二文字と三拍の音を、無理に切り分ける必要はないのです。

「おとな」という言葉と、「大人」という表記

ここで分けて考えたいのが、言葉そのものの由来と、漢字表記の由来は別問題だということです。

「おとな」は、漢字の音読みをつないで生まれた言葉ではなく、日本語の和語です。古くは、十分に成長した人だけでなく、年長者や集団の中心となる人などを指す用法もありました。

一方、「大人」という漢字の組み合わせは、成長した人、立派な人といった意味を表せます。その意味と、日本語の「おとな」が重なったところに、現在も使う表記と読みの結びつきがあります。

つまり、「大人」を“おとな”と読むのはなぜか、という問いへの答えはこうなります。

漢字一字ずつの発音ではなく、「大人」という語全体の意味に、日本語の「おとな」を対応させているから。

ただし、これは「おとな」という音そのものがなぜ生まれたのか、という語源の説明ではありません。語源には諸説があり、現代の漢字を分解するだけでは解けない問題です。

「今日」「梅雨」も仲間――暮らしの中の熟字訓

熟字訓という名前には少し専門的な響きがありますが、実例は驚くほど身近です。

熟語 意味
大人おとな 十分に成長した人。成人。
今日きょう この日。本日。
明日あす 今日の次の日。
昨日きのう 今日の前の日。
梅雨つゆ 初夏ごろに雨が続く時期。また、その長雨。
紅葉もみじ 秋に葉が赤や黄に色づくこと。また、その葉など。
田舎いなか 都会から離れた地方や、その人の故郷。

※ここでは、それぞれの語の代表的な熟字訓を挙げています。ほかの読み方を持つ語もあります。

読みが変わると、言葉の表情も変わる

たとえば「今日」は、「きょう」とも「こんにち」とも読めます。

  • きょう:「今日は早く帰ろう」――いま過ごしている一日。
  • こんにち:「今日の情報社会では」――現在の時代や社会。

また、「紅葉」も「もみじ」と「こうよう」では、よく使われる場面が異なります。

「もみじを拾う」なら、手のひらに載る色づいた葉が浮かびます。「山々がこうようする」なら、山全体が色づいていく現象に目が向きます。ただし、意味が完全に分かれるわけではなく、重なりもあります。

漢字が同じでも、読み方によって意味の範囲や語感が変わる。 読みを選ぶことは、単に音を決めるだけでなく、場面に合った言葉を選ぶことでもあるのです。

熟字訓と当て字は、どう違う?

「普通の音読み・訓読みで読めないなら、全部当て字では?」と思うかもしれません。

実際、「当て字」は広い意味で使われることもあり、熟字訓をその一種として説明する場合もあります。ただ、仕組みを理解するには、音を手がかりにする表記と、意味を手がかりにする読みを分けるとすっきりします。

見方 主な手がかり 例
狭い意味での当て字 漢字の音や訓を借り、言葉の音に合わせる 寿司(すし)、珈琲(コーヒー)
熟字訓 熟語全体の意味に、日本語の言葉を対応させる 大人(おとな)、昨日(きのう)

「寿司」は、音に漢字を合わせる

「寿司」は、「すし」という言葉の音に合わせて漢字を当てた表記です。「寿」と「司」の意味を足し合わせても、あの食べ物の説明にはなりません。

もっとも、音が合えば文字の意味は一切関係ない、というわけでもありません。「寿」のようにめでたい印象を持つ文字が選ばれれば、表記に好ましい雰囲気が加わります。

音を写しながら、見た目や意味の印象もまとう。そのあたりにも、当て字の面白さがあります。

「大人」は、意味に読みを合わせる

対して「大人」は、各文字の音を借りて「おとな」を書いたものではありません。「成長した人」という意味を橋渡しにして、二文字全体と「おとな」が結びついています。

覚えるなら、まずは次の区別で十分です。

  • 音を借りるのが、狭い意味での当て字。
  • 熟語全体の意味を日本語で読むのが、熟字訓。

なお、「煙草(たばこ)」のように、外来語に意味を考えて漢字を当てた表記もあります。漢字表記の世界は、この二つだけできれいに分け切れるわけではありません。境界にいる言葉があることも、覚えておくと安心です。

漢字が来る前から、日本語には言葉があった

なぜ、これほど読み方が複雑なのでしょうか。その背景には、漢字という文字体系を、日本語に取り入れてきた歴史があります。

漢字が日本に伝わる以前から、人々は日本語を話していました。山や川を呼ぶ言葉も、昨日や今日を区別する言葉も、人が成長することを語る言葉もあったのです。

そこへ、中国語を書くための文字である漢字が伝わりました。

日本では、中国語の発音に由来する読みを受け入れる一方で、漢字の意味に日本語の言葉を対応させる使い方も育っていきます。前者が音読み、後者が訓読みの基本です。

熟字訓は、その意味による対応を熟語全体で行うものです。中国由来の文字と日本語の言葉を結びつける、柔軟な工夫といえるでしょう。

「読めない例外」に見えるものの中に、もともとの日本語が顔を出している。 そう考えると、「きょう」「きのう」「おとな」という何気ない響きが、少し違って聞こえてきます。

漢文の「大人」は、「おとな」とは限らない

最後に、「大人」という表記の奥行きを感じる例を一つ。

中国の思想書『孟子』には、大人とは赤ん坊のような純粋な心を失わない者だ、という趣旨の言葉があります。ここから説明されるのが、赤子之心(せきしのこころ)です。

この文脈の「大人」は、一般に「たいじん」と読み、年齢上の成人というより、徳の高い立派な人物を指します。

  • おとな:子どもに対する、成長した人。
  • たいじん:徳や人格の優れた人物などを表す漢語。

同じ二文字でも、日本語の和語として読むのか、漢語として読むのかによって、見えてくる人物像が変わります。

年を重ねることと、人として立派になることは、必ずしも同じではない。そして、立派な人ほど幼い心の純粋さを失わない――。「大人」という身近な表記には、そんな問いまで潜んでいます。

まとめ――一文字ずつでは読めない、という豊かさ

「大人」を“おとな”と読むのは、漢字一字ずつに特別な読みを割り振っているからではありません。二文字全体の意味に、日本語の「おとな」を対応させた熟字訓だからです。

音を手がかりにする当て字と、意味を手がかりにする熟字訓。その両方があるのは、漢字を借りながら、日本語の音や言葉も大切にしてきた歴史の表れです。

次に「今日は大人二人で」と書くとき、その短い一文を少し眺めてみてください。いつもは意識せず読んでいる文字の中に、異なる言語を結びつけてきた、長い時間が折り畳まれています。

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