心斎坐忘
読み方:しんさい ざぼう
意味
雑念や欲望を捨てて心を清め、自己や外界へのこだわりさえ忘れた、静かで自由な境地に至ること。「心斎」は心を空にして雑念を断つこと、「坐忘」は座して身心や万事を忘れることをいう。道家思想における精神修養の理想を表す。
由来
中国・戦国時代(紀元前4~3世紀ごろ)に成立したとされる『荘子』に基づく。「心斎」は「人間世」篇で、心を空にして道にかなう状態として説かれ、「坐忘」は「大宗師」篇で、身体・知識・自己への執着を離れる修養として説かれる。日本ではこの二つの道家の語を合わせて「心斎坐忘」として用いる。
備考
道教・道家思想に由来する難解で文語的な語。日常会話ではあまり用いず、哲学、禅、瞑想、精神修養を論じる文脈で使われる。「坐」は「座」とも書く。
別表記
- 心斎座忘
誤用・混同注意
- 「心斎座忘」も認められる表記だが、原典の語は「坐忘」である。
- 「心斎」を大阪の地名・駅名である「心斎橋」と取り違えない。
- 単に物忘れがひどいという意味ではなく、雑念や執着を離れる精神的境地をいう。
例文
- 彼は山寺での静かな生活を通して、心斎坐忘の境地を求めた。
- 瞑想の目的は、単に何も考えなくなることではなく、心斎坐忘のように執着から自由になることだ。
- 騒がしい日常から離れ、心斎坐忘の時間を持つことが彼女の心の支えになっている。
分類
類義語
対義語
- 意馬心猿
- 煩悩妄想