神主の不信心
読み方:かんぬし の ふしんじん
意味
神をまつり信仰に関わる職である神主が、当人は信心をもっていないこと。本来その道を説いたり扱ったりする立場の人が、自身ではその教え・専門上の心得を信じない、または実行しないことのたとえ。
由来
成立時期や最初に記された文献は明確ではない。神に仕えるはずの神主が信仰心を欠くという逆説をたとえにした日本のことわざで、少なくとも江戸時代には用例・類似表現が見られる。上方いろはかるたでは「か」の札として採られ、広く定着した。
備考
特定の神主や神道全体を評する語ではなく、職業・立場と本人の実践が一致しないことをいう比喩。相手を批判する響きがあるため、対人使用には注意が必要。
誤用・混同注意
- 「不信心」を『神主を信用しないこと』と解するのは誤り。ここでは神主自身に信仰心がないことをいう。
- 単に専門家が小さな失敗をした意味で使うのは不正確。本来は、その立場で求められる信念や実践を本人が守らないことを指す。
例文
- 健康を指導する医師が自分では健診を受けないとは、神主の不信心だ。
- 防災用品を販売している会社なのに、社内で避難訓練をしていないのは神主の不信心ではないか。
- 情報セキュリティーの専門家が簡単なパスワードを使っていては、神主の不信心と言われても仕方がない。