「来月一日に会いましょう」「完成まで一日かかります」。
同じ「一日」なのに、前者は「ついたち」、後者は「いちにち」。ふだんは自然に読み分けていても、あらためて考えると不思議です。「いち」と「にち」のどこを探しても、「ついたち」という音は見つかりません。
実はこの読み方には、月の満ち欠けでひと月を数えていた時代の記憶が残っています。いつものカレンダーを、少しだけ昔の人の目で眺めてみましょう。
「ついたち」の正体は「月立ち」
「ついたち」は、「月立ち(つきたち)」が変化した言葉とされています。
ここでいう「立つ」は、何かが立ち上がるというよりも、物事が始まること。「月立ち」とは、新しい月が始まること、またその日を意味しました。「つきたち」の音が変化して、現在の「ついたち」になったのです。
つまり、「ついたち」はもともと「一」と「日」を一字ずつ読んで組み立てた言葉ではありません。
「一」は数のひとつや物事の初めを、「日」は太陽や一日という時間の単位を表す漢字です。この二字で「月の最初の日」を書き、そこへ日本語の「ついたち」という読みを対応させています。
こうした、漢字のまとまり全体に日本語の読みを当てる読み方を熟字訓といいます。「今日」を「きょう」、「大人」を「おとな」と読むのも、その仲間です。
「一を『つい』、日を『たち』と読む」と分解して覚えるのではなく、「一日」というまとまりで「ついたち」と捉えるのがポイントです。
月の見えない日から、新しい月が始まった
旧暦の一日は、新月の日
日本で明治の改暦以前に使われていた暦は、月の満ち欠けを基本にしながら、太陽の動きも取り入れて季節とのずれを調整する太陰太陽暦でした。一般に「旧暦」と呼ばれるものです。
この暦では、計算によって求めた新月を含む日を、月の第一日としました。新月は「朔(さく)」ともいい、月初めの日を「朔日」と書いて「ついたち」と読むこともあります。
新月のころ、月は太陽とほぼ同じ方向にあるため、ふつうは地上から姿を見ることができません。新しい月の始まりは、夜空に明るい月が現れる日ではなく、いわば月が姿を隠すころだったのです。
そこから少しずつ月が満ち、月の半ばごろには満月を迎え、また欠けていく。旧暦の日付は、月がいまどのような姿をしているかを知る、おおよその目安にもなりました。ただし、満月が必ず十五日になるわけではありません。
「ひと月」は、月がひと巡りする時間
新月から次の新月までは、平均で約29.5日。そのため、旧暦には29日までの月と30日までの月がありました。
また、これを12か月重ねるだけでは、太陽の動きによる一年より約11日短くなります。そのままでは暦と季節がずれていくため、ときどき「閏月(うるうづき)」を入れて調整しました。
日本では、明治5年12月2日の翌日を明治6年、つまり1873年の1月1日として、太陽暦へ移行しました。現在のカレンダーでは、一日が新月に当たるとは限りません。
暦の仕組みは変わっても、「ついたち」という呼び名は残った。 そこが、この言葉の面白さです。
二日、三日、二十日にも古い数え方が残る
特別な読み方をするのは、月初めだけではありません。日付を声に出してみると、古い日本語の数え方があちこちに顔を出します。
| 熟語 | 意味 |
|---|---|
| 一日 | 月の第一日。期間をいう場合は通常「いちにち」。 |
| 二日 | 月の第二日。また、二日間。 |
| 三日 | 月の第三日。また、三日間。 |
| 四日 | 月の第四日。また、四日間。 |
| 五日 | 月の第五日。また、五日間。 |
| 六日 | 月の第六日。また、六日間。 |
| 七日 | 月の第七日。また、七日間。 |
| 八日 | 月の第八日。また、八日間。 |
| 九日 | 月の第九日。また、九日間。 |
| 十日 | 月の第十日。また、十日間。 |
| 十四日 | 月の第十四日。また、十四日間。 |
| 二十日 | 月の第二十日。また、二十日間。 |
| 二十四日 | 月の第二十四日。また、二十四日間。 |
「か」は、日を数える古い言葉
「みっか」「いつか」「ここのか」などの「か」は、日や日数を表す古い日本語の形です。「みっつ」「いつつ」「ここのつ」と並べると、数を表す部分にもつながりが見えてきます。
ただし、現在の数詞に「か」を付ければ、すべての読み方が機械的に作れるわけではありません。長い時間の中で音が変化し、それぞれの形が定着してきたからです。
「二十日」の「はつか」もその一例。「二十歳」を「はたち」と読むときの「はた」と同じく、二十を表す古い数え方につながります。
日付には、「にじゅう」「さんじゅう」といった漢語系の数え方と、昔からの日本語の数え方が同居しているのです。
「三十日」は「みそか」とも読む
「三十日」には、古い読み方として「みそか」もあります。「みそ」は三十を表す言葉です。
「みそか」は、やがて三十日という日付だけでなく、月の最後の日を指すようになり、「晦日」とも書かれます。そして、一年の最後に来る晦日が「大晦日(おおみそか)」です。
現代の大晦日は十二月三十一日。それなのに「みそか」という名が付いているのは、数そのものを指す言葉から、月末を指す言葉へと意味が広がったためです。
「ついたち」と「いちにち」は、日付と長さで読み分ける
日常で迷わないためには、まず次のように整理するとわかりやすくなります。
- 月の最初の日を指す:「四月一日」→「しがつついたち」
- 時間の長さを指す:「一日かかる」→「いちにちかかる」
- その日全体を指す:「楽しい一日だった」→「たのしいいちにちだった」
たとえば「一日だけ休みます」は、文脈によって「月初めの日だけ休む」のか、「一日分の休みを取る」のかが曖昧になります。予定を伝えるなら、「来月の一日に休みます」「一日間、休みを取ります」などと言い換えると確実です。
なお、日付ではなく「月に一日、休館日があります」という場合の「一日」は、日数なので「いちにち」です。「月」という言葉が近くにあるかではなく、日付なのか、時間や日数なのかが判断の鍵になります。
四字熟語では「いちじつ」にもなる
「一日」の読み方には、もう一つ「いちじつ」もあります。四字熟語の中で出会いやすい読みです。
待ちわびる一日は、途方もなく長い。一方、大きく進歩する一日は、驚くほど速く過ぎる。同じ二文字が、人の心や物事の勢いまで映し出します。
「ついたち」「いちにち」「いちじつ」。読み分けは少し複雑ですが、その違いには、暦の呼び名、日常の時間表現、漢語の熟語という背景があります。
カレンダーの一日に、月の記憶を見つける
「ついたち」は、新しい月の始まりをいう「月立ち」に由来する言葉。二日や三日には古い日本語の数え方が、二十日や大晦日には、今では限られた場面でしか使わない数の呼び名が残っています。
日付の読み方は、単なる暗記の例外ではありません。昔の人が空を見上げ、日を数え、暮らしを営んできた歴史の名残でもあるのです。
次に「一日」を「ついたち」と読むときは、その響きの奥にある「月立ち」を思い出してみてください。見慣れたカレンダーが、夜空へとつながる小さな窓に見えてくるかもしれません。