ICカードをかざすと、扉が開く。発車案内を見上げ、いつものホームへ向かう。そんな何げない移動の途中にも、古い旅の記憶は隠れています。
電車に乗る場所なのに、なぜ「馬」の付く字を書くのでしょう。乗車券を確認する場所で、いったい何を「あらためる」のでしょうか。
ふだんは通り過ぎてしまう鉄道の言葉を、今日は少し立ち止まって眺めてみましょう。そこには、馬が走った道と、蒸気機関車が切り開いた近代、そして今の私たちの暮らしをつなぐ物語があります。
「駅」に馬がいるのは、鉄道よりずっと年上の言葉だから
この字の左側には「馬」がいます。もちろん、電車を馬が引いているわけではありません。「駅」はもともと、馬を備えた交通上の中継施設を表す字でした。
読みの一つは「うまや」。ただし、ここでいう「うまや」は、単に馬を飼う小屋というだけではありません。使者や荷物を次の場所へ送り継ぐための、交通と通信の拠点です。
馬と人が、公の知らせをつないだ
古代中国には、公的な文書や使者などを中継して運ぶ仕組みがありました。日本でも律令制のもとで駅伝制が整えられ、主要な道に駅家が置かれました。駅家は一般に「うまや」と読まれ、必要な馬などを備えていました。
遠くまで一頭の馬だけで走り続けるのではなく、途中の拠点で馬を替え、知らせを先へ送る。鉄道とは仕組みが違っても、移動を支える拠点を道に沿って配置するという発想には、通じるものがあります。
なお、古代の駅家と江戸時代の宿場は、制度として同じものではありません。「駅」を大まかに「昔の宿場」とだけ理解するより、公的な交通・通信を支えた中継地という出発点を押さえると、歴史が立体的に見えてきます。
「驛」から「駅」へ、馬は字の中に残った
「駅」の旧字体は「驛」です。
「驛」は、意味に関わる「馬」と、音を示す部分からなる形声文字です。現在の字の右側にある「尺」を、距離を測る物差しと結び付けたくなりますが、それが本来の成り立ちというわけではありません。
明治時代に鉄道が登場すると、この古い交通の字が、新しい乗り物の拠点にも使われるようになります。鉄道草創期には「停車場」という呼び方も用いられました。
動力は馬から蒸気へ、さらに電気へ。それでも、人や物が行き交う場所の名前には、馬の姿が残ったのです。
「切符」は、はさみで切るから切符なのか
紙の乗車券を手にすると、今も「切符」と呼びます。ひと昔前には、係員が専用のはさみで券の端に切り込みを入れる光景もおなじみでした。
では、その切り込みが名前の由来なのでしょうか。
ここでは、券を切って確認する行為と、「切符」という言葉の成り立ちを分けて考えることが大切です。切符は、鉄道の乗車券だけに使われてきた言葉ではありません。
「切」は切ること、切り分けること。「符」は、証拠となるしるしや証票を意味します。切符は、切り離した紙片などを証票として用いることに結び付く語で、乗車券のほか、入場券なども指します。
つまり、「鉄道係員がはさみを入れるから切符になった」とだけ説明するのは適切ではありません。 鉄道は、もともとあった証票の言葉を、自分たちの仕組みに取り込んだのです。
「符」の奥には、二つを合わせる認証の知恵がある
「符」には「わりふ」という読みがあります。竹や木などを二つに分け、必要なときに双方を合わせて、命令や身分などが確かであることを示すものです。
たとえば、一方を持つ使者が来たとき、手元のもう一方と合うか確かめる。単なる口約束ではなく、物の一致によって正当性を確認するわけです。
ただし、鉄道の切符が、そのまま二つ割りの割り符から直接生まれたという意味ではありません。ここで受け継がれているのは、「符」という字が持つ何かを証明するしるしという意味です。
小さな紙片が「この区間を利用できる」という資格を示す。その働きを思えば、切符の「符」は、なかなか的確な一字に見えてきます。
「改札」は、札を作り替える場所ではない
今では、切符を差し込むことも、ICカードをかざすことも「改札を通る」といいます。
「改」を見ると、変更する、よくするといった意味を思い浮かべがちです。しかし「あらためる」には、調べる、確かめるという使い方もあります。「荷物をあらためる」といえば、荷物を新調するのではなく、中身などを調べることです。
「札」は、文字などを書き付けたふだや紙片。ここでは乗車券に当たります。したがって改札は、基本的に乗車券をあらためること、つまり確かめることなのです。
手の仕事から機械へ、言葉はそのまま
かつては係員が券面を見て、入場時には切り込みを入れたり、スタンプを押したりしていました。降車時には券を確認し、回収する。そこから自動改札機が広まり、磁気式の乗車券やICカードを機械が読み取るようになりました。
変わったのは、確かめる人や道具、記録の方法です。利用できる券なのか、どこから入ったのかといった情報を確認する役割は、今も続いています。
「改札」は、まず行為を表し、そこからその行為をする場所を指すようにもなった言葉。「改札で待ち合わせ」という約束には、そんな意味の広がりも隠れています。
「終点」は、線の上の旅を区切る言葉
「駅」「切符」「改札」が、馬や証票、確認の行為を背負うのに対して、「終点」は文字どおりに読み解きやすい言葉です。
「終」は終わり。「点」は位置や地点を示します。合わせると、物事や道筋の終わる地点。鉄道では、路線の終わりや、ある列車が運転を終える地点を指します。
ここで大切なのは、「終点だから、その先に線路がない」とは限らないことです。
- 路線の終点:その路線の区間が終わるところ。
- 列車の終点:その列車が運転を終えるところ。線路は先へ続いている場合もあります。
「この列車は、次の駅が終点です」という案内は、その列車についての説明です。別の列車に乗り換えれば、さらに先へ行けることもあります。
「終点」と「終電」は、終わるものが違う
似て見えて、旅先では取り違えたくないのが「終電」です。
「終点」が場所に注目するのに対し、「終電」は、その日のある区間・方向についての最後の電車に注目します。前者は「どこまで行くか」、後者は「いつまで乗れるか」に関わる言葉です。
路線図では移動が線で表され、その途中や端に地点が並ぶ。「終点」という語自体は鉄道専用ではありませんが、決まった経路と運行の仕組みを持つ鉄道に、よくなじむ表現なのです。
鉄道は、新しい技術を古い言葉で迎えた
1872年(明治5年)、新橋―横浜間に日本最初の鉄道が開業しました。当時の新橋は現在の汐留地区、横浜は現在の桜木町駅に当たる場所です。
蒸気機関車は、当時の人々にとって大きな驚きだったでしょう。けれど、その新しい仕組みを語る言葉が、すべて新しく作られたわけではありません。
馬を備えた中継地の字が、列車の停まる場所を表す。証票の言葉が、乗車の資格を示す紙片を表す。ふだを確かめる行為が、やがて電子情報を読み取るゲートの名になる。
新しい技術を、なじみのある言葉の意味を広げながら受け止める。 鉄道の日本語には、そんな言葉のしなやかさが表れています。
いつもの移動が、小さな歴史の旅になる
「駅」には、馬と使者がつないだ交通の記憶。「切符」には、しるしによって資格を証明する知恵。「改札」には、それを確かめる営み。そして「終点」には、道筋のどこで旅が一区切りになるのかという見方があります。
次に改札を通るとき、ほんの少しだけ、目の前の文字に目を向けてみてください。
電車は未来へ向かうように走っていても、その入口に掲げられた漢字は、ずっと昔の旅のことを覚えています。