花がひらくことを、私たちは「さく」といいます。けれど、その漢字をよく見ると、少し不思議です。植物の話なのに、どうして草かんむりではなく、口へんがついているのでしょう。
その疑問を解く鍵は、人の笑顔にあります。
今では、一方は花に、もう一方は人の表情に使う字。ところが、この二つには、もともと「わらう」を表す字としてつながっていたという歴史があります。花と笑顔を結ぶ、漢字の小さな旅に出かけましょう。
「咲」は、もともと「わらう」を表す字だった
「咲」といえば、まず「さく」という読みが浮かびます。しかし、辞書を引くと「わらう」という読みや、「ほほえむ」という意味も見つかります。
これは偶然ではありません。「咲」は、もとは「笑」に通じる字で、「笑」の異体字として扱われてきた字だからです。異体字とは、基本的に同じ意味・働きを持ちながら、形が異なる文字のことです。
つまり、「咲く」と「笑う」はもともと同じ字だったのか、という問いには、こう答えると正確でしょう。
「咲」と「笑」は、もとは同じ『わらう』という意味を表す、字形の異なる仲間だった。
ただし、これは漢字の歴史の話です。日本語の「さく」と「わらう」という二つの言葉が、もともと同じ語だったという意味ではありません。字の来歴と、日本語の語源は分けて考えるのが大切です。
口へんは、花よりも人の表情に近かった
「咲」を最初から植物専用の字だと思うと、口へんが意外に見えます。けれど、「わらう」を表していたと知れば、人の口や表情とのつながりが見えてきます。
もっとも、現在の字形を分解するだけで、漢字が生まれた過程のすべてが説明できるわけではありません。「右側が花びらの形だから」といった覚え方を思いついても、それをそのまま歴史的な字源とするのは避けたいところです。
ここで押さえておきたいのは、「咲」は、花の形を描いた字としてではなく、「笑」と関係する字として伝わってきたという点です。
日本では、花がひらくことを表す字に
では、「わらう」に関係する字が、なぜ花に使われるようになったのでしょう。
背景にあるのは、花がひらく様子を、人がほほえむ様子に重ねる感覚です。花の開くさまを「笑う」と捉える表現は漢詩文にも見られ、花と笑顔を結ぶ見立ては、日本だけのものではありません。
日本では「咲」の字に、花がひらくことをいう「さく」という和語を当てる使い方が定着しました。「咲く」の意味・読みは、日本で発達した用法として説明されます。
ここで混同したくないのが、字そのものの誕生と、日本での使い方です。
- 「咲」という文字そのものは、日本で新しく作られた国字ではありません。
- 「咲」を花がひらく意味で「さく」と使うことは、日本語の中で育った用法です。
今の日本語では、「桜が咲く」「子どもが笑う」と書き分けます。かつて近い働きをしていた文字が、日本語の中でそれぞれの持ち場を得た、と考えるとわかりやすいでしょう。
つぼみも口元も「ほころぶ」
この二つの字のつながりは、古い辞書の中だけにあるわけではありません。私たちの日常の言葉にも、よく似た感覚が息づいています。
たとえば、「ほころぶ」です。
庭の梅のつぼみが、ほころび始めた。
思いがけない知らせに、口元がほころんだ。
「ほころぶ」は、縫い目がほどけることのほか、花が開きかけることや、表情がやわらいで笑顔になることにも使われます。
閉じていたつぼみが、少しずつ開く。引き結んでいた口元が、ふっとゆるむ。動きも対象も違うのに、どちらにも内側にあったものが、やわらかく外へ現れるような印象があります。
もちろん、「ほころぶ」の用例そのものが「咲」の字源を証明するわけではありません。それでも、花と表情を重ねる感覚を、今の私たちにも実感させてくれます。
「笑顔が咲く」は、古いつながりを思わせる表現
「会場いっぱいに笑顔が咲いた」という言い方を見かけることがあります。
これは、人々が笑顔になる様子を、次々と花が開く光景にたとえた表現です。一方、「花が笑っているようだ」と書けば、植物に人の表情を与える擬人化になります。
- 笑顔が咲く:人の表情を、花にたとえる。
- 花が笑う:花の姿を、人の表情にたとえる。
比喩の向きは逆でも、花と笑顔の間を行き来する点は同じです。「咲」と「笑」の関係を知ると、こうした表現がいっそう味わい深く感じられます。
春には、山まで笑いだす
花と笑いのつながりを感じさせる言葉に、春の季語「山笑う」があります。
中国の山水画論に見える、春の山を笑うような姿にたとえた表現を背景に、日本でも親しまれてきました。芽吹きや花によって山が明るさを帯びる様子を、まるで山全体がほほえむかのように捉えています。
冬の間、静かに沈んで見えた山が、春になると色づいてくる。その変化を「植物が成長した」と説明するのではなく、「笑う」とひと言で表す。そこには、自然を人の心や表情と響き合わせて眺める、詩のまなざしがあります。
「山笑う」は「咲」の直接の語源を示すものではありませんが、自然の明るさを、笑顔として受け止める文化をよく伝えています。
四字熟語で味わう、花と笑顔の広がり
花が咲く様子も、人が笑う様子も、四字熟語になるとさまざまな意味を帯びます。ここでは、その違いが見える四語を並べてみましょう。
| 四字熟語 | 意味 |
|---|---|
| 百花斉放 | 多くの花がいっせいに咲くように、芸術・学問などの多様な分野や流派が自由に活動し、盛んになること。 |
| 花晨月夕 | 花の咲く朝と月の美しい夕べ。景色が美しく、風情に富んだよい時節。 |
| 破顔一笑 | 顔をほころばせて、にこりと笑うこと。 |
| 呵呵大笑 | 大きな声をあげて、からからと愉快そうに笑うこと。 |
「ようやく再会できた二人は、破顔一笑した」なら、表情がやわらぐ瞬間に焦点が当たります。「愉快な話を聞いて、呵呵大笑した」なら、声まで聞こえてくるようです。同じ笑いでも、描かれる場面は違います。
また、百花斉放では、花の多彩さが文化や学問の多様さに重ねられています。ただし、この語には、1956年に毛沢東が掲げた文化・学術政策の標語としての歴史的背景もあります。単なる「花いっぱい」の意味にとどまらない点も、知っておきたいところです。
花を見る目が、少し変わる一文字
「咲」と「笑」は、今の日本語では別々の役割を担っています。しかし、その来歴をたどると、「わらう」という意味で結ばれていました。
大切なのは、「さく」と「わらう」が同じ日本語だったのではなく、「笑」に通じる字であった「咲」が、日本では花の開く姿を表す字として定着したということです。
つぼみがほころぶ。口元がほころぶ。花が咲き、人が笑う。
次に道端で一輪の花を見つけたら、その口へんを思い出してみてください。いつもの花が、ほんの少し、こちらにほほえみかけているように見えるかもしれません。