誰かの返事を待ちながら、あれこれ考える。夜道の物音に、びくっとする。大切な人を前に、少し背筋が伸びる。
私たちの内側で起こるこうした動きを、漢字はどう書き分けてきたのでしょう。
その手がかりが、心と、そこから形を変えた忄、そして「⺗」です。
見た目はずいぶん異なりますが、この三つは、いずれも「心」につながる形。並べてみると、漢字が限られた空間に意味を収めるための工夫が見えてきます。
まずは整理。「こころ」「りっしんべん」「したごころ」
三つの形を見分けるときは、意味の違いよりも、まず字のどこに置かれているかに注目しましょう。
- 心:こころ — 単独で使われる字であり、ほかの漢字の構成要素にもなる。
- 忄:りっしんべん — 主に漢字の左側に置かれるときの形。
- 心・⺗:したごころ — 漢字の下側に置かれるときの呼び名。下でも「心」の形を保つものと、「⺗」のような形になるものがある。
つまり、「したごころ」は「⺗」だけを指す呼び名ではありません。下にある「心」も、したごころです。
なお、部首名としての「したごころ」は、ひそかな企みを表す日常語の「下心」とは別の話。「下に位置する心」と考えれば、すっきり理解できます。
「⺗」と「㣺」はどういう関係?
部首の形を示す記号「⺗」に対し、辞書では、よく似た字形の㣺も見つかります。㣺は「こころ」と読み、心臓や精神・感情などを表す字として収録されています。
文字コード上では「⺗」と「㣺」は別の文字ですが、ここでは、どちらも「心」の変形を理解する手がかりになります。画面上の細かな見え方はフォントによっても変わるため、形だけでなく、漢字の中での位置にも目を向けてみましょう。
出発点は、胸の中にある「心臓」
「心」は、もともと心臓の形をかたどった象形文字とされます。現在の字形から臓器を思い描くのは難しくても、古い文字には、身体の内部にある器官を描こうとした姿がうかがえます。
古代中国では、心は感情だけでなく、思考や意志にも深く関わるものと考えられていました。そのため「心」を含む漢字には、喜びや恐れのほか、考えること、覚えること、何かを望むことなどを表す字も多くあります。
現代の私たちも「胸が高鳴る」「胸が痛む」と言います。身体の感覚と気持ちが結びつくところに、「心」という字を身近に感じる理由がありそうです。
ただし、形を変えたからといって、「忄は激しい感情」「下の心は静かな感情」という決まりがあるわけではありません。部品の位置や形と、感情の種類は、一対一では対応しないのです。
四つの漢字で見る、心の置き場所
今回見比べるのは、こちらの四字です。
「思」と「恋」は下に「心」、「怖」は左に「忄」、「恭」は下に「⺗」に当たる形があります。いずれも辞書では心部に分類されますが、字の成り立ちをたどると、それぞれに異なる組み立て方が見えてきます。
思――「田んぼを心に浮かべた字」ではない?
「田」の下に「心」。今の形だけを見ると、「ふるさとの田んぼを思う」と覚えたくなります。
覚え方としては印象的ですが、それをそのまま字源とするのは早計です。「思」の上部は、もともと田んぼの「田」ではなく、「囟」に由来するとされます。「囟」は頭の泉門、いわゆるひよめきに関わる字です。
「思」は、この頭に関わる要素と「心」を組み合わせた会意文字と説明されます。現在の見た目だけでは隠れてしまった、身体と精神のつながりがあるのです。
現代の「思う」も、理屈と感情の両方にまたがっています。
- 「明日は晴れると思う」――判断や予想。
- 「遠くにいる家族を思う」――相手への気持ち。
- 「あのころを思う」――記憶を心に浮かべること。
「思」は、考えることと感じることの間を、軽やかに行き来する字だといえるでしょう。
怖――左の「忄」は意味、右の「布」は音
暗い廊下、突然鳴る電話、正体のわからない足音。「怖」は、そうした場面で生じる恐れを表します。
この字は、意味を担う「心」と、音を示す「布」を組み合わせた形声文字です。「布」の音読み「フ」は、「怖」の音読み「フ」とつながっています。
ここで「心」は、左側の細い場所に収まる「忄」の姿になっています。その呼び名が「りっしんべん」。字形を覚える際には、心を縦長に立たせたような姿、と捉えるとわかりやすいでしょう。
大切なのは、右側の「布」を、必ずしも「ぬの」の意味で読む必要はないということです。「布で顔を隠すから怖い」といった連想は記憶には役立っても、字源の説明とは区別したいところ。
漢字の部品には、意味を受け持つものだけでなく、発音の手がかりになるものもあるのです。
恋――簡略化されても、下の「心」は残った
「恋」の旧字体は「戀」です。新旧を並べると、上部は大きく変わっているのに、下の「心」は共通していることがわかります。
「戀」は、意味を表す「心」と、音を表す「䜌」を組み合わせた形声文字とされます。「恋」は、その字形を簡略化したものです。
旧字体の上部に糸や言葉を見つけて、「糸のように絡み合う思い」「言葉で伝える気持ち」と物語を紡ぐことはできます。しかし、そうした詩的な読み方と、文字の成り立ちの説明は分けておきましょう。
また、「恋」が向く先は、恋愛の相手だけではありません。
- 「故郷が恋しい」
- 「母の料理が恋しい」
- 「学生時代が恋しくなる」
そこには、今ここにないものへ心を寄せる感覚があります。人を慕う気持ちも、遠い場所や過ぎた時間への懐かしさも、この一字が受け止めています。
恭――敬う気持ちが、振る舞いに表れる
「恭」は「うやうやしい」と読み、慎み、敬うことを表します。
下部にあるのが「⺗」に当たる形。ぱっと見ただけでは「心」に気づきにくいかもしれませんが、これも、したごころです。
「恭」は、意味を担う「心」と、音を示す「共」を組み合わせた形声文字とされます。「共」の「キョウ」という音が、「恭」の音につながっています。
「思」「怖」「恋」が内側の動きを強く感じさせるのに対し、「恭」には、その気持ちが態度として現れる響きがあります。
「恭しく一礼する」といえば、ただ頭を下げるだけではなく、相手を敬い、身を慎む様子まで伝わります。儀礼や改まった挨拶など、気持ちを姿勢や動作で示す場面によくなじむ字です。
もっとも、これは「⺗という形が礼儀を表す」からではありません。「恭」という字全体が持つ意味です。心の形の違いと、漢字一字の意味の違いを分けて見ると、理解がぐっと確かになります。
字源と覚え方を分けると、漢字はもっと面白い
漢字を眺めていると、その形から物語を作りたくなります。それは、文字に親しむすてきな入口です。
ただ、次の三つは分けておくと、思い込みを避けられます。
- 現在の形――今、どんな部品に見えるか。
- 歴史的な成り立ち――古い字形や音に、どうつながっているか。
- 自分なりの覚え方――何を連想すると記憶に残るか。
「思」の上を田んぼに見立てるのは、覚え方。「怖」の「布」を音の手がかりと見るのは、成り立ちの理解です。
この区別がつくと、部品を無理にすべて意味で解釈する必要がなくなります。漢字が、意味だけでなく音も使って組み立てられていることに気づけるからです。
まとめ――姿が変わっても、そこに「心」がある
「心・忄・⺗」は、別々の感情を表す三種類の記号ではありません。同じ「心」が、漢字の中で位置や組み合わせに応じて姿を変えたものです。
左にあれば「りっしんべん」。下にあれば「したごころ」と呼ばれ、「心」の姿を保つ場合も、「⺗」のようになる場合もあります。
その一方で、「思・怖・恋・恭」は、ほかの要素との組み合わせによって、考える、恐れる、慕う、敬うという異なる心の動きを書き分けています。
次に文章の中でこの四字を見つけたら、ほんの一瞬、その左や下を眺めてみてください。いつもは読み流していた一字の中に、姿を変えながら働いている「心」が見つかるはずです。