禅定三昧
読み方:ぜんじょう ざんまい
意味
仏教語で、心を一つの対象に集中させ、雑念や迷いを離れて深く静まった精神状態をいう。「禅定」は心を安定させる瞑想の実践、「三昧」はその集中が深まった境地を指す。転じて、何かに没頭して周囲を忘れるほど集中しているさまにもいう。
由来
仏教に由来する語である。「禅定」は、サンスクリット語ディヤーナ(dhyāna)の音写「禅那」を略した「禅」と、サマーディ(samādhi)などに対応する訳語「定」を合わせた語である。「三昧」はサマーディ(samādhi、心が一点に定まること)の音写語である。インド仏教の思想が、後漢から南北朝時代(2~6世紀頃)に中国で漢訳仏典を通じて広まり、日本には飛鳥時代以降に伝来した。特定の一書だけを典拠とする故事成語ではない。
備考
本来は仏教の瞑想・精神集中に関する語で、日常会話ではあまり多用されない。一般には「禅定三昧に入る」「禅定三昧の境地」などと用いる。「三昧」は「ざんまい」と読み、「三味」と書くのは誤り。
誤用・混同注意
- 「禅定三味」と書くのは誤り。正しくは「禅定三昧」。
- 「禅定」を「ぜんてい」と読むのは誤り。通常は「ぜんじょう」と読む。
- 単に「夢中」の意味だけで用いると、本来の仏教的な精神集中・瞑想の意味が薄れることがある。
例文
- 僧は毎朝の座禅を重ね、禅定三昧の境地を目指して修行した。
- 読経の最中は禅定三昧となり、外の物音がまったく気にならなかった。
- 彼は研究に禅定三昧で取り組み、気づけば夜が明けていた。
分類
類義語
対義語
- 心猿意馬
- 妄想雑念
- 散乱放逸