目無全牛
読み方:もくむ ぜんぎゅう
意味
ある技術に非常に熟達し、対象の全体をあらためて意識しなくても、その構造や急所を的確に見抜いて自在に扱える境地。転じて、物事の本質や道理を深く理解していることをいう。
由来
中国・戦国時代(紀元前4~3世紀ごろ)に成立したとされる『荘子』「養生主」に由来する。名人の料理人である庖丁(ほうてい)が牛を解体する際、初めは牛全体しか見えなかったが、三年後には「未嘗見全牛也(いまだかつて全牛を見ず)」、すなわち全体ではなく骨や筋などの構造を見抜くようになった、という故事から生まれた。
備考
日常会話ではあまり使われない、漢文由来の硬い表現である。単に「牛が見えない」という意味ではなく、熟練によって対象の構造・本質を見通す境地を指す。
補足
- 「目無全牛」は、牛の全体像を把握できないという意味ではなく、熟達により全体を意識せず構造を見抜けるという意味。
- 「目に全牛なし」と訓読されることもあるが、四字熟語としての読みは一般に「もくむぜんぎゅう」。
例文
- 長年の経験を積んだ整備士は目無全牛の境地で、エンジン音を聞いただけで不具合の箇所を見抜いた。
- 彼女の包丁さばきは目無全牛と評され、複雑な魚も無駄なく手際よくさばいてしまう。
- 一流の棋士は盤面を目無全牛のように読み、局面の急所を瞬時に判断する。
分類
類義語
- 游刃有余
- 得心応手
- 神技妙技