百年河清
読み方:ひゃくねん かせい
意味
黄河の濁流が澄むのを百年も待つ、というイメージから、いつ実現するか分からないこと、または実現を期待しにくいことを、非常に長く待ち続けることをいう。特に、状況の好転や相手の改善をただ待っても望み薄である、という悲観的な意味合いで用いる。
由来
中国の歴史書『左伝』襄公八年(春秋時代、紀元前565年ごろの記事)にある「河の清むを俟つ。人寿いくばくぞ(黄河が澄むのを待っていて、人の寿命がいったいどれほどあるというのか)」という嘆きに由来する。常に濁っている黄河が澄むのを待つことの難しさを、「百年河清」として表した。
備考
「百年後に黄河が必ず澄む」という予言ではなく、実現がきわめて困難で、いつまで待っても望み薄なことのたとえ。現代ではやや硬い文章語として用いられる。
補足
- 「百年後に黄河が必ず澄む」という文字どおりの予言・事実を指す語だと誤解しない。
- 「清」を「静」などと書き誤らない。
例文
- 制度改革が進まない現状では、行政が自ら透明になるのを待つのは百年河清だ。
- 何度も約束を破る相手の自発的な改善を期待するのは、百年河清に等しい。
- 汚職がなくなる日をただ待つだけでは、百年河清になりかねない。
分類
類義語
- 河清難俟
- 河清を待つ