牛山下涕
読み方:ぎゅうざん かてい
意味
人が死を免れず、愛着のある国・地位・暮らしをいつか去らなければならないことを悲しみ、人生の無常を嘆くこと。特に、いつまでも生きていたいという願いがかなわない悲しみをいう。
由来
中国・春秋時代の斉の景公の故事に基づく。景公が牛山(ぎゅうざん)に遊び、都の臨淄を眺めて、自分もいつか死んでこの国を去らねばならないことを悲しみ涙を流したという。これを諫めた晏子との問答が、戦国時代ごろ(紀元前3世紀ごろまでに成立とされる)の書物『晏子春秋』に記されている。
備考
「涕」は涙の意。単に故郷を懐かしんで泣くことではなく、死によって愛着ある世界を去る無常を悲しむ語である。現代では日常会話より文章語として用いられる。
誤用・混同注意
- 「牛山下涙」や「牛山下泣」とは書かない。正しくは「牛山下涕」で、「涕」は涙を意味する。
- 単なる望郷や失恋の悲しみを表す語ではなく、死や人生の無常への嘆きをいう。
例文
- 長年育てた会社を退く日を思うと、彼はまさに牛山下涕の思いに駆られた。
- 故郷の町並みを見渡し、いつかここを去るのだと思えば、牛山下涕の感を禁じ得ない。
- 人生の終わりを前にして財産や名声に執着する姿は、牛山下涕の故事を思わせる。