泥牛入海
読み方:でいぎゅう かいに いる
意味
泥で作った牛が海に入れば溶けて跡形もなくなることから、出て行った人が帰らず、全く消息が分からなくなること。また、物事や人が消え去って行方が知れなくなることをいう。
由来
中国の禅宗語録『景徳伝灯録』巻八に見える「泥牛闘入海、直至如今無消息(泥の牛が海に入れば、今に至るまで消息がない)」などの句に基づく。『景徳伝灯録』は北宋の景徳元年(1004年)ごろに道原が編纂した禅宗の伝灯史で、この比喩が「消息を絶つ」意味の成語として定着した。
備考
主に人の行方や消息が全く分からない状況に用いる硬い表現。単に「海へ入る」「勇敢に挑む」という意味ではない。日常会話では「消息不明」「音信不通」のほうが一般的。
補足
- 「でいぎゅうにゅうかい」と読むのは誤りで、一般に「でいぎゅうかいにいる」と読む。
- 単に何かが海へ入ることや、勇敢に危険へ進むことを表す語だと誤解しない。
- 金銭や物が戻らないことだけに限る語ではなく、本来は人の消息が絶えることをいう。
例文
- 海外へ渡った彼は、その後、泥牛入海のごとく消息を絶ってしまった。
- 捜索隊は足取りを追ったが、容疑者は泥牛入海で行方がつかめなかった。
- 昔の友人に手紙を出しても返事がなく、泥牛入海の状態が何年も続いている。
分類
類義語
対義語
- 無事帰還
- 消息判明