朝聞夕死
読み方:ちょうぶん せきし
意味
朝に真理・人として守るべき道を聞き悟ることができるなら、その日の夕方に死んでも悔いはない、という意味。真理や学問を求める気持ちが非常に強いこと、また人生の根本となる道理を知ることの尊さを表す。
由来
中国古典『論語』里仁篇にある孔子の言葉「朝聞道、夕死可矣(朝に道を聞かば、夕べに死すとも可なり)」に基づく。孔子は紀元前551~前479年の人物で、『論語』はその言行を弟子たちがまとめ、概ね紀元前5~3世紀ごろに成立したとされる。「道」は単なる知識ではなく、人として進むべき道や真理を指す。
備考
「死んでもよい」は死を勧める表現ではなく、真理や人の道を知ることが命にも代えがたいほど尊い、という強い比喩である。日常会話より、思想・学問・求道の文脈で用いられる。
補足
- 読みを「ちょうもんせきし」とするのは誤りで、標準的な読みは「ちょうぶんせきし」。
- 文字どおりに「朝に聞いたら夕方に死ぬ」という意味ではない。
例文
- 彼は朝聞夕死の思いで哲学書を読み、生きる意味を問い続けた。
- 研究者として、朝聞夕死ともいうべき探究心を失わないでいたい。
- 師の講義によって人生の道を悟った彼は、朝聞夕死の心境だと語った。
分類
類義語
- 求道精神
- 真理探究
- 道を求める