多岐亡羊
読み方:たき ぼうよう
意味
分かれ道が多いため、逃げた羊を見失ってしまうこと。転じて、方法・説・選択肢などが多すぎると、何を目指すべきか、本来の目的や真理を見失いやすいというたとえ。学問や議論で枝葉にとらわれ、要点を失う場合にもいう。
由来
中国の古典『列子』の「説符」篇に見える故事に基づく。楊朱(ようしゅ)の隣人が羊を逃がし、多くの人で追ったが、道が幾筋にも分かれていたため見失ったという話から生まれた。本文には「大道は多岐を以て羊を亡い、学者は多方を以て生を喪う」とあり、学問でも方法が多すぎると本質を失うという教えを示す。『列子』は戦国時代の列御寇に仮託されるが、現行本の成立時期には諸説あり、魏晋期(3~4世紀頃)とみる説が有力である。
備考
「多岐」は道が多く分かれること、「亡」は「失う・逃がす」の意。「忙しくて迷う」という意味に限らず、選択肢や学説の多さによって目的・本質を見失う文脈で用いる。やや硬い文章語。
補足
- 「多岐忘羊」と書くのは誤り。「亡」は『失う・逃がす』の意で、正しくは「多岐亡羊」。
- 単に『選択肢が多い』ことを表す語ではなく、多すぎる分岐のため目的や本質を見失うことをいう。
例文
- 情報源を増やしすぎた結果、多岐亡羊となり、結局どの対策を採るべきか決められなかった。
- 研究テーマを広げるのもよいが、多岐亡羊に陥らないよう、まず中心課題を定める必要がある。
- 参考書を何冊も買うより、一冊を着実に終えるほうが、多岐亡羊を避けることにつながる。