賢を見ては斉しからんことを思い、不賢を見ては内に自ら省みる
読み方:けんを みては ひとしからんことを おもい、ふけんを みては うちに みずから かえりみる
意味
徳や才能のすぐれた人を見たら、その人に等しくなれるよう努力し、徳や行いのよくない人を見たら、自分にも同じ欠点がないか内省せよ、という教え。よい手本から学ぶと同時に、他人の欠点を自分を省みる材料にする大切さを説く。
由来
中国の古典『論語』の「里仁」篇にある孔子の言葉「見賢思斉焉、見不賢而内自省也」に由来する。孔子は紀元前551年から紀元前479年頃の人物で、『論語』はその言行を弟子らが戦国時代頃(紀元前5~3世紀頃)までに編纂したものとされる。日本語の句は、この漢文を書き下した形である。
備考
「賢」は単に頭がよいことではなく、徳や人格がすぐれていることを指す。「不賢」はその反対である。長い句のため、日常会話では「見賢思斉」と略して用いられることもある。
例文
- 優秀な先輩の仕事ぶりを見て、自分も学ぼうと思った。まさに「賢を見ては斉しからんことを思い、不賢を見ては内に自ら省みる」という姿勢が大切だ。
- 同僚の不用意な発言を批判するだけでなく、自分にも同じ傾向がないか考えた。賢を見ては斉しからんことを思い、不賢を見ては内に自ら省みる、である。
- 子どもには、失敗した人を笑うのではなく、そこから自分の行動を振り返るよう教えたい。賢を見ては斉しからんことを思い、不賢を見ては内に自ら省みるという教えに通じる。
分類
類義語
- 見賢思斉
- 人の振り見て我が振り直せ
- 三人行えば必ず我が師あり
- 他山の石