百戦百勝は善の善なる者にあらず
読み方:ひゃくせんひゃくしょう は ぜん の ぜん なる もの に あらず
意味
百回戦って百回勝つことは、一見すると最上の成果に思えるが、真に最善の策ではないという意味。戦って勝つには損害や犠牲が伴うため、最も優れた方法は、できるだけ戦わずに相手を従わせたり、争いそのものを防いだりすることだと説く。
由来
中国の兵法書『孫子』「謀攻篇」にある「百戦百勝、非善之善者也。不戦而屈人之兵、善之善者也」に基づく。『孫子』の成立は中国の春秋・戦国時代、紀元前5~4世紀頃とする説が有力である。「善の善」は「最上の善、最も優れたもの」の意。
備考
『孫子』ではこの後に「戦わずして人の兵を屈するは、善の善なる者なり」と続く。単に「勝利は悪い」という意味ではなく、損害を抑え、争いを回避して目的を達する知恵を説く語。
例文
- 競合を力ずくで排除して市場を奪うより、提携によって共存を図るほうがよい。百戦百勝は善の善なる者にあらず、という考え方だ。
- 交渉が決裂して訴訟に勝てたとしても、双方に大きな負担が残る。百戦百勝は善の善なる者にあらずと心得て、まずは話し合いを尽くそう。
- 監督は、毎試合を消耗戦で勝ち抜くことだけを求めなかった。百戦百勝は善の善なる者にあらず、長期的に勝てるチームづくりが大切だと語った。
分類
類義語
- 百戦百勝
- 戦わずして勝つ
- 不戦屈敵
- 上兵は謀を伐つ
対義語
- 戦わずして人の兵を屈するは善の善なる者なり
- 戦わずして勝つ
- 不戦勝