復讐するは我にあり
読み方:ふくしゅう するは われに あり
意味
復讐や報復を人間が自ら行ってはならず、裁きは神に委ねるべきだという意味。「我」は話し手自身ではなく神を指す。個人的な恨みによる仕返しを戒め、悪事への最終的な裁きは神の領分であるとする教えである。
由来
旧約聖書の「申命記」32章35節にある「復讐はわたしのすることである」という神の言葉に由来する。これを新約聖書「ローマ人への手紙」12章19節が引用した。日本では口語訳聖書(1955年)の「復讐するはわたしにあり」という訳文が広まり、佐木隆三の小説『復讐するは我にあり』(1976年)の題名としても知られるようになった。原典の成立時期は古代イスラエル時代で、申命記はおおむね紀元前7~5世紀ごろに編集・成立したと考えられる。
備考
聖書に基づく句であり、日常的なことわざというより宗教的・文学的な引用として用いられる。「我」を「自分」と解して「自分が仕返しする」という意味で使うのは誤り。
別表記
- 復讐は我にあり
- 復讐するはわたしにあり
- 復讐はわたしにある
誤用・混同注意
- 「我」を話し手自身と解し、「自分が必ず復讐する」という決意の言葉として使うのは誤り。ここでの「我」は神を指す。
- 私的な復讐を肯定する教えだと解するのは誤り。原義は、人間が自ら報復せず、裁きを神に委ねるよう求めるものである。
例文
- 怒りに任せて相手を傷つけるのではなく、「復讐するは我にあり」という教えのように、法と正当な手続きに委ねるべきだ。
- 牧師は説教で、「復讐するは我にあり」の『我』は人間の自我ではなく神を意味すると説明した。
- その評論は、私的制裁を肯定する言葉ではなく、むしろ私的な報復を戒める「復讐するは我にあり」を引用した。
分類
類義語
対義語
- 仇を恩で報いる
- 怨みに報ゆるに徳を以てす
対比・対照ことわざ
- 仇を恩で報いる
- 怨みに報ゆるに徳を以てす