仏を拝んで釈迦を忘れる
読み方:ほとけ を おがんで しゃか を わすれる
意味
目の前の仏を拝んでいながら、その仏教の開祖である釈迦を忘れる意から、物事の根本・本来の目的や、恩を受けた大切な人を忘れて、表面的な事柄ばかりを重んじることをいう。特に、成功した後に世話になった恩人を顧みない場合に用いる。
由来
「仏」は一般に信仰の対象としての仏、「釈迦」は仏教の開祖である釈迦牟尼を指す。仏を拝む者が、その根源である釈迦を忘れるという逆説から生じたたとえである。正確な初出・成立年は明らかではないが、江戸時代に流布した上方いろはかるたの「ほ」の札として知られ、近世には広く定着していた。
備考
主に、恩人・根本・本来の目的を忘れることへの批判として使う。「釈迦」も仏であるため、信仰そのものを否定する表現ではなく、根源を忘れる矛盾をたとえたもの。
別表記
- 佛を拝んで釈迦を忘れる
- 仏を拝んで釈迦忘れ
- 仏拝んで釈迦忘る
誤用・混同注意
- 単に「仏教の教えを忘れる」という意味に限定するのは不十分である。一般に、恩人や物事の根本・本来の目的を忘れることをいう。
- 「釈迦を仏ではない別の神仏」と捉えるのは誤りである。釈迦は仏教の開祖であり、ここでは根源的な存在を表す。
例文
- 会社を大きくしてから創業時の支援者を顧みないとは、仏を拝んで釈迦を忘れるようなものだ。
- 寺の建物や形式ばかりを大切にして、釈迦の教えを実践しないのでは、仏を拝んで釈迦を忘れることになりかねない。
- 彼は恩師の紹介で就職したのに、成功後は連絡もしない。仏を拝んで釈迦を忘れるとはこのことだ。