珠玉在側
読み方
しゅぎょく ざいそく
意味
優れた人物が自分のそばにいるため、その人と比べて自分が見劣りし、恥ずかしく感じること。転じて、非常に優秀な人に接して自分の未熟さを痛感することをいう。
由来
中国・南朝宋の劉義慶が5世紀ごろに編んだ『世説新語』の「容止」に由来する。東晋の王済(王武子)が、外甥の衛玠の美しさと優れた姿を見て、「珠玉在側、覚我形穢(珠玉がそばにあると、自分の姿の見苦しさを覚える)」と嘆いた故事から生まれた。
分類・構成
備考
「珠玉」は真珠や宝玉で、優れた人物のたとえ。「珠玉在側の感(思い)がある」の形で、謙遜して自分の至らなさを述べる際に用いられる。
例文
- 第一線で活躍する研究者たちと討論会に出席し、私は珠玉在側の思いで自分の知識不足を痛感した。
- 師の流麗な書を目の当たりにすると、珠玉在側というべきで、自分の作品を出すのがためらわれた。
- 新人たちは名人の演奏の後で発表することになり、珠玉在側の感を抱きながらも懸命に舞台へ立った。
類義語
- 自慚形穢