是心作仏
読み方:ぜしん さぶつ
意味
この心によって仏を観想し、仏となる境地が生まれるということ。また、仏を求めて外に向かうのではなく、仏となる可能性や悟りの根源は自分自身の心にあるという教え。浄土教では、阿弥陀仏を心に念じ観想することの重要性を説く語として用いられる。
由来
仏典『観無量寿経』にある「是心作仏、是心是仏(この心が仏を作り、この心がそのまま仏である)」に基づく。中国・南朝宋代、5世紀(およそ424~453年)に畺良耶舎(きょうりょうやしゃ)が漢訳したと伝えられる経典の一句で、日本では浄土教・天台宗などで重視されてきた。
備考
主に仏教の教義を表す語で、日常会話で比喩的に使うことは多くない。「心が仏を作る」という直訳だけでなく、「心に仏性・悟りの根拠がある」という文脈で理解する必要がある。
別表記
- 是心作佛
誤用・混同注意
- 「是心是仏」と混同されることがあるが、「是心作仏」は「この心が仏を作る」、「是心是仏」は「この心こそ仏である」という別の句である。
- 「是心作物」と書くのは誤り。
例文
- 観無量寿経の「是心作仏」という教えは、仏を観想する心の大切さを示している。
- 師は是心作仏の考えを引き、自分の心を整えることが修行の出発点だと説いた。
- 外に救いだけを求めず、是心作仏の言葉のように、自らの心を見つめ直したい。