六即円融
読み方:ろくそく えんゆう
意味
天台宗の教えで、仏になるまでの六つの段階である「六即」(理即・名字即・観行即・相似即・分真即・究竟即)は、単に上下に隔たった別々の段階ではなく、すべてが同じ真理の上で互いに通じ合い、円満に成り立っているという意味。修行の初めから仏性が備わることを示す。
由来
中国・隋代の天台大師智顗(ちぎ、538~597)が『摩訶止観』などで説いた「六即」の教えを基盤とする天台教学の術語である。「円融」は、諸法や修行段階が互いに妨げず通じ合うという天台宗の円教思想を表す。現在の「六即円融」という四字の定着時期は明確ではないが、六即の体系自体は6世紀末ごろに整えられた。
備考
主に天台宗の専門用語で、日常会話で比喩的に使う語ではない。「即」は「すなわち」「そのまま」の意で、六即を単なる六段階の序列とみなさない点が重要である。
補足
- 「六即」を「ろくしょく」と読むのは誤りで、正しくは「ろくそく」。
- 六即を、互いに無関係な六つの段階を単純に並べた教えだと理解するのは不正確。
例文
- 天台宗では、修行者が最初から仏性を具えることを六即円融の思想によって説明する。
- 六即円融を学ぶと、初心者の修行と悟りがまったく無関係なのではないことが分かる。
- 講義では、六即円融の立場から、六つの位を固定的な優劣としてのみ捉えないよう解説された。
分類
対義語
- 隔歴不融