花は無心にして蝶を招き、蝶は無心にして花を尋ぬ
読み方:はな は むしんにして ちょう を まねき、ちょう は むしんにして はな を たずぬ
意味
花は意図して蝶を呼ぶのではなく、蝶も計算して花を探すのではない。それでも両者は自然に引き合う、という意。人も私欲や作為にとらわれず無心でいれば、縁や物事はおのずと調和し、通じ合うことを説く。「無心」は「心がない」のではなく、執着や打算のない心をいう。
由来
江戸後期の曹洞宗僧・良寛(1758~1831)の漢詩に由来するとされる。原文は「花無心招蝶、蝶無心尋花」といい、続いて「花蝶倶無心、天意自相通」と詠まれる。詩が作られた正確な年は不明だが、良寛の詩を集めた『良寛詩集』に伝わる禅的な自然観を示す句として知られる。
備考
禅語的な含意をもつ良寛の漢詩の一句。日常会話のことわざとしてよりも、文章・講話・書画などで、自然な縁や無欲の大切さを述べる際に用いられる。
別表記
- 花無心招蝶、蝶無心尋花
- 花は無心にして蝶を招く、蝶は無心にして花を尋ぬ
誤用・混同注意
- 「無心」を『何も考えないこと』や『思いやりがないこと』と解するのは不正確。ここでは私欲・執着・打算から離れた自然な心をいう。
- 蝶が意識的に花を探し、花が意図的に蝶を呼び寄せるという意味ではない。双方に作為がなくても自然に縁が通じることを表す。
例文
- 人を利用しようとせず誠実に仕事を続けていたら、自然に協力者が集まった。まさに「花は無心にして蝶を招き、蝶は無心にして花を尋ぬ」だ。
- 彼女は評価を求めずに地域の花壇を手入れしている。その姿には、「花は無心にして蝶を招き、蝶は無心にして花を尋ぬ」という趣がある。
- 良い出会いを焦って追いかけるより、自分を整えて自然に任せることも大切だ。「花は無心にして蝶を招き、蝶は無心にして花を尋ぬ」と言うように。
分類
類義語
- 無為自然
- 自然体
- 花蝶無心
対義語
- 作為
- 我執
- 利害打算
- 人為