法華の太鼓も三度まで
読み方:ほっけ の たいこ も さんど まで
意味
どんなに珍しいことや面白いことでも、同じことを何度も繰り返されると人は飽きてしまう、というたとえ。また、同じ話や催しを何度も繰り返すのはよくないという戒めにもいう。
由来
「法華」は日蓮宗(法華宗)を指す語。法華宗で用いられる太鼓も、同じ調子で何度も聞けば飽きる、という見方から生じたとされる。正確な初出・成立年は不明だが、江戸時代にはことわざとして定着し、江戸後期に広まった尾張いろはかるたの「ほ」の札にも採られている。
備考
「法華」はここでは日蓮宗・法華宗を指す。特定の宗派を批判するためというより、反復による飽きを表す比喩として用いる。現在は日常会話より文章語・ことわざとして見聞きしやすい。
別表記
- 法華の太鼓も三度
誤用・混同注意
- 「仏の顔も三度まで」と同じく、相手に何度も無礼をすると怒らせるという意味だと解するのは誤り。本来は、同じことの反復は飽きを招くという意味。
- 「三度まで」を厳密に三回だけ許されるという数の規則として受け取るのは不適切で、反復しすぎることへの戒めを表す。
- 「法華」を「ほうか」と読むのは誤りで、このことわざでは「ほっけ」と読む。
例文
- 同じ失敗談を会議のたびに持ち出すのは、法華の太鼓も三度までだ。次は改善策を話そう。
- 最初は受けた決めぜりふも毎回同じでは、法華の太鼓も三度までで、観客は飽きてしまう。
- 好評だった企画でも四回目となると、法華の太鼓も三度までというように参加者の反応が鈍った。
分類
類義語
- 過ぎたるは及ばざるが如し
対比・対照ことわざ
- 仏の顔も三度まで
- 過ぎたるは及ばざるが如し