信心は仏の種
読み方:しんじん は ほとけ の たね
意味
仏を信じ、仏の教えを信じる心は、やがて仏になるための種子・出発点であるという意味。仏教では、悟りに至るには知識や修行だけでなく、教えを信受する心が大切だと説く。この信心は、単なる願掛けや迷信ではなく、仏法への深い信頼を指す。
由来
仏教の「信心が成仏への因(種)となる」という思想に基づく言い回しである。「信心は仏の種、疑いは地獄の種」と対にして説かれることも多い。特定の初出文献や成立年は明確ではないが、日本では中世以降、浄土教・日蓮系などを含む仏教の布教・説教の中で広く用いられてきたとされる。
備考
仏教的・宗教的な表現で、日常会話では多用されない。「信心」は一般的な「熱心に信じること」よりも、仏法への信仰・信頼という重い意味で用いられる。
別表記
- 信心は仏の種、疑いは地獄の種
- 信心は仏の種、無信は地獄の種
誤用・混同注意
- 「信心」を単なる迷信的な願掛けや、利益を得るためだけの信仰という意味に限定して解釈するのは適切ではない。
- 「信じさえすれば修行や行いは不要」という意味ではない。仏教における信心の重要性を説く表現である。
例文
- 師は「信心は仏の種」という言葉を引き、まず教えを素直に受け取る心が大切だと説いた。
- 祖母は毎朝仏壇に手を合わせ、信心は仏の種だからと、感謝を忘れないようにしていた。
- この言葉は、信心は仏の種という宗教的な教えであり、他人に信仰を強いるための表現ではない。
分類
類義語
- 信は力なり
- 一念の信心
- 信心成仏
- 信心は道のもと
対義語
- 疑いは地獄の種
- 不信は破滅の始まり
対比・対照ことわざ
- 疑いは地獄の種
- 信は力なり