スマートフォンで「あ」と打つとき、その丸い線の向こうに漢字の姿を思い浮かべることは、あまりないかもしれません。
けれども、ひらがなもカタカナも、もとをたどれば漢字から生まれた文字です。たとえば「あ」と「ア」の出発点は、この二字。
「安」から「あ」へ。「阿」から「ア」へ。同じ音を表すのに、どうして別々の漢字が親になったのでしょう。
そこには、外国から伝わった文字を使いながら、自分たちの言葉をもっと書きやすく、読みやすくしようとした人々の工夫が隠れています。
はじまりは、漢字の「意味」ではなく「音」を借りること
漢字が伝わってからも、日本語を書き表す方法がすぐに整ったわけではありません。漢文と日本語では語順が異なり、日本語には「て」「に」「を」「は」のような助詞もあります。漢字を並べるだけでは、話している言葉をそのまま写し取るのは簡単ではなかったのです。
そこで使われた方法の一つが、漢字本来の意味から離れて、その音や訓を借り、日本語の音を表すことでした。こうした表記に使われる漢字を、一般に「万葉仮名」と呼びます。
たとえば、「あ」という音を記すために「安」などを用いる。このとき書き手が伝えたいのは、「やすらか」「やすい」という意味ではありません。漢字が、いわば音を運ぶための器になるのです。
「安」には「アン」、「阿」には「ア」という音読みがあります。ただし、当時の音や表記の仕組みを、現代の音読みだけで説明しきれるわけではありません。まずは、漢字を意味のために使う場合と、音を表すために使う場合があったと押さえておきましょう。
なお、万葉仮名は『万葉集』だけで使われた文字ではありません。『古事記』『日本書紀』などにも見られます。名前は有名な歌集にちなみますが、表記の工夫そのものは、より広い範囲に及んでいました。
「安→あ」――書き続けるうちに生まれた、なめらかな線
安 あ
ひらがなは、万葉仮名として使われた漢字を草書風にくずして書く流れの中から発達しました。
「あ」のもとになった漢字は「安」です。現在の活字体を見比べると、似ているような、似ていないような気もしますね。
その間をつなぐのが、筆によるくずし書きです。点画を一つずつ区切るのではなく、つなげたり、省いたりしながら書くと、角ばった形は流れる線へと変わります。「安」も、そのような字形の変化を重ねて「あ」へとつながりました。
完成したひらがなを、現在の漢字の部品に一対一で対応させようとしないことが、字形を見るコツです。印刷された文字だけでなく、筆がどう動いたかを想像すると、両者の距離が少し縮まります。
こうした草書体の万葉仮名は「草仮名」と呼ばれます。草仮名とひらがなの間に、ある日突然、明確な境界線が引かれたわけではありません。奈良時代から平安時代にかけての書写の積み重ねの中で、しだいに簡略化され、平安時代の九世紀ごろにはひらがならしい形が整っていきました。
「阿→ア」――小さく書き込むために、漢字の一部分を使う
阿 ア
一方、カタカナは、主に漢字の一部分を取り出した形から発達しました。
「ア」のもとになった漢字は「阿」。一般に、その左側のこざとへんをもとにした形と説明されます。「阿」全体をくずして「ア」にしたのではなく、字の一部分を取り出して簡略な記号にする方向へ進んだのです。
この発達と深く関わるのが、漢文の読解や仏典の学習でした。
漢字がぎっしり並ぶ本文に、読み方などを小さく書き込む。そんな場面では、画数の多い漢字をそのまま使うより、少ない線でさっと書ける文字が便利です。平安時代初期の学僧たちによる注記などを背景に、カタカナの形が育っていきました。
「片仮名」の「片」には、部分、不完全といった意味があります。漢字の一部を利用するという成り立ちを知ると、その名称にも納得がいきます。
ただし、カタカナのすべてが、活字体の一部分をそのまま切り抜いたように説明できるわけではありません。略したり形を変えたりしたものもあり、個々の文字にはそれぞれの歩みがあります。
五つの母音で見比べる、かなの「親」
かなのもとになった漢字を「字母」といいます。現代の「あ・い・う・え・お」と「ア・イ・ウ・エ・オ」の字母を比べてみましょう。
| 音 | ひらがなと字母 | カタカナと字母 |
|---|---|---|
| a | 安 → あ | 阿 → ア |
| i | 以 → い | 伊 → イ |
| u | 宇 → う | 宇 → ウ |
| e | 衣 → え | 江 → エ |
| o | 於 → お | 於 → オ |
面白いのは、同じ音でも、ひらがなとカタカナの字母が同じとは限らないことです。
「う」と「ウ」は、どちらも「宇」から生まれました。一方、「え」は「衣」、「エ」は「江」がもとです。「イ」は「伊」の左側のにんべん、「エ」は「江」の右側の「工」に注目すると、形のつながりが見えやすいでしょう。
万葉仮名には、同じ音を表すための漢字が複数ありました。そのため、ひらがなとカタカナが別々の漢字をもとに発達しても、不思議ではないのです。
つまり、カタカナは、完成したひらがなを角ばらせて作った文字ではありません。両者は漢字を共通の出発点としながら、異なる使われ方の中で育った文字なのです。
「ひらがなは女性、カタカナは男性」は本当?
平安時代の文学を思い浮かべると、ひらがなには宮廷の女性たちが書く手紙や物語のイメージがあります。実際、仮名による表現は、『源氏物語』をはじめとする文学を支える大切な土台になりました。
当時、ひらがなは「女手」とも呼ばれました。ただし、これは女性だけが使った文字という意味ではありません。男性もひらがなを使っています。紀貫之が、女性の語り手を設定して仮名で書いた『土佐日記』は、その関係を考えるうえでも興味深い作品です。
また、「ひらがなは女性が発明し、カタカナは男性が発明した」と二分するのも適切ではありません。成立に関わった場や、文化的な位置づけに違いはありますが、文字の形は多くの書き手の実践を通して育ちました。
現在は、ひらがなが助詞や送り仮名などに、カタカナが外来語や擬音語などによく使われます。しかし、これは長い歴史の中で形成された使い分けです。外来語を書くためにカタカナが発明されたわけではないという点も、覚えておきたいところです。
昔の「あ」は、一種類ではなかった
もう一つ、現代の感覚では意外なことがあります。かつて、ひらがなには、同じ音を表す異なる字母・字形の文字が併存していました。
現代なら「あ」と書くところに、別の漢字から生まれた仮名を書くこともあったのです。現在の標準的な字体とは異なる、こうした仮名は「変体仮名」と呼ばれます。古い手紙や版本だけでなく、そば屋の看板などで見かけることもあります。
明治三十三年(一九〇〇年)の小学校令施行規則では、学校で教えるひらがなの字体が、原則として一音につき一字に整理されました。今日、私たちが当然のように共有しているかなの形には、こうした近代の標準化も関わっています。
文字の歴史は、形が生まれる歴史であると同時に、たくさんの形の中から共通の形を選んでいく歴史でもあるのです。
いつもの「あ」「ア」に、千年以上の工夫がある
ひらがなとカタカナの歩みを、短くまとめるならこうなります。
- 漢字の音を借りる――日本語の音を書き表す万葉仮名へ。
- 漢字をくずして書く――草仮名を経て、ひらがなへ。
- 漢字の一部などを利用する――注記の工夫から、カタカナへ。
もちろん、実際の変化は、この三行ほど一直線ではありません。それでも「安→あ」「阿→ア」という二つの道を知ると、見慣れた文字に奥行きが生まれます。
手紙を書きたい。歌を残したい。難しい本に読み方を書き添えたい。そうした人々の営みの先に、いま私たちが使うかながあります。
次に「あ」と書くときは、その線の向こうに、遠い昔の筆の動きを少しだけ思い浮かべてみてください。何気ない一文字が、日本語の長い旅の続きを担っているのです。