只管打坐
読み方
しかん たざ意味
余計な目的や打算をもたず、ただひたすら座禅すること。特に曹洞宗で重視される修行観で、悟りを得るための手段としてではなく、座ることそのものが仏の実践・悟りの現れであるとする態度をいう。由来
「只管」は「ひたすら・もっぱら」、「打坐」は禅宗で「座禅する」の意。中国宋代の禅語に由来し、日本では鎌倉時代、13世紀に道元(1200〜1253)が宋で学び、曹洞宗の中心的実践として説いたことで広まった。初出の厳密な年は不明。備考
曹洞宗の重要語。一般会話ではやや専門的で、比喩的に「一事に専念する」意味で使われることもあるが、本来は座禅修行を指す。例文
- 道元の教えに従い、僧たちは夜明け前から只管打坐に励んだ。
- 成果を急がず、ただ坐る只管打坐の姿勢に、彼は深い安らぎを見いだした。
- この寺の修行は、読経よりも只管打坐を重んじることで知られている。
- 雑念が浮かんでも追い払おうとせず、只管打坐に身を任せる。
- 忙しい日々の中で、彼女は週末に坐禅会へ通い、只管打坐の精神を学んでいる。
類義語
- 只管座禅
- 座禅三昧
- 専心座禅
- 一意専心
- 無念無想
対義語
- 散心雑念
- 放逸懈怠