碁打ち親の死に目に会わぬ
読み方
ごうち おや の しにめ に あわぬ意味
囲碁に夢中になる人は、勝負にのめり込みすぎて親の臨終にさえ立ち会えない、という意味。転じて、好きな遊びや道楽に熱中しすぎると、家族や大切な務めをおろそかにするという戒め。由来
囲碁の対局に没頭する「碁打ち」は、勝負の最中には周囲が見えなくなり、親の死に目にも会えないほどだ、というたとえから生まれた俗諺。正確な成立年は不明だが、囲碁が武士・町人の間で広く親しまれた江戸時代ごろに流布・定着したと考えられる。備考
やや古風な表現で、囲碁そのものを非難するより、道楽や趣味への過度な没頭を戒める文脈で使う。親の死を含むため軽い冗談には不向き。例文
- 休日のたびにゲーム大会へ行き、家族の用事を忘れるなんて、まさに碁打ち親の死に目に会わぬだ。
- 釣りに夢中で子どもの発表会をすっぽかした彼に、祖父は「碁打ち親の死に目に会わぬと言うぞ」と苦言を呈した。
- 趣味を持つのはよいが、碁打ち親の死に目に会わぬにならないよう、家庭とのバランスは大切だ。
- 彼は研究に没頭するあまり母の入院にも気づかず、同僚から碁打ち親の死に目に会わぬとたしなめられた。
- 麻雀に熱中して大事な連絡を見落としたと聞き、私は碁打ち親の死に目に会わぬという言葉を思い出した。
類義語
- 碁に凝ると親の死に目に会えぬ
- 道楽は身を滅ぼす
- 好きなことには我を忘れる
- 遊びに夢中で身を忘れる