念仏講に坊主なし
読み方
ねんぶつこう に ぼうず なし意味
物事を行う場で、最も必要な人や肝心なものが欠けていることのたとえ。準備や段取りは一応整っているように見えても、中心となる存在がいないために目的を十分に果たせない状況をいう。由来
「念仏講」は、浄土信仰に基づき人々が集まって念仏を唱える講のこと。本来、僧侶が導師や読経の役を務める場であるのに、その坊主がいないという滑稽な状況から生まれた表現。成立時期は不詳だが、講の活動が広く行われた中世末期から江戸時代以降の民間信仰の生活感覚を背景にしたことわざと考えられる。備考
やや古風で、日常会話より文章や年配者の会話で見られる。宗教語を含むが、多くは比喩として用い、僧侶を直接批判する表現ではない。例文
- 会議の資料も会場も整っていたのに、決裁権を持つ部長が欠席では、まさに念仏講に坊主なしだ。
- 文化祭の劇で主役の生徒が当日休んでしまい、念仏講に坊主なしの状態になった。
- 新商品の発表会なのに開発責任者が来ていないとは、念仏講に坊主なしと言うほかない。
- 料理教室を開いたのに講師の先生が道に迷って来られず、参加者は念仏講に坊主なしだと苦笑した。
- 契約交渉の場に相手方の代表者がいないのでは、話が進まず念仏講に坊主なしである。
類義語
- 肝心要が抜けている
- 肝心なものがない
- 画竜点睛を欠く
- 仏作って魂入れず
- 主役を欠く
対義語
- 役者がそろう
- 準備万端
- 備えあれば憂いなし
- 万事抜かりなし