心ここに在らざれば視れども見えず
読み方
こころ ここに あらざれば みれども みえず意味
心が他のことに奪われて注意が向いていなければ、目では見ていても内容や意味を理解できないということ。集中力や関心がなければ、目の前のものも正しく認識できないことを戒める言葉。由来
中国の儒教経典『大学』(もとは『礼記』の一篇)の句「心不在焉、視而不見、聴而不聞、食而不知其味」に由来する。成立・編纂時期は諸説あるが、戦国末期から前漢頃(紀元前3世紀〜紀元前1世紀頃)とされる。日本では漢文訓読を通じて広まった。備考
やや漢文調で硬い表現。日常会話では「上の空」「心ここに在らず」が多く、文章・講話・教育的な文脈で使われやすい。例文
- 会議に出てはいたが、心ここに在らざれば視れども見えずで、重要な資料の誤りに気づかなかった。
- 心配事を抱えたまま授業を受けても、心ここに在らざれば視れども見えずで、黒板の内容が頭に入らない。
- 美術館で名画を前にしても、スマートフォンの通知ばかり気にしていては、心ここに在らざれば視れども見えずだ。
- 新人研修では、ただ資料を眺めるだけでなく集中して読むように言われた。心ここに在らざれば視れども見えずだからだ。
- 彼女は笑顔で景色を見ていたが、悩みでいっぱいだったのだろう。まさに心ここに在らざれば視れども見えずという様子だった。
類義語
- 心ここに在らず
- 心焉に在らず
- 上の空
- 気もそぞろ
- 視れども見えず聴けども聞こえず
対義語
- 一心不乱
- 精神一到何事か成らざらん
- 念には念を入れよ