善を見ては及ばざるが如くし悪を見ては湯を探るが如くす
読み方
ぜん を みては およばざるがごとく し あく を みては ゆ を さぐるがごとく す意味
よい行い・立派な人を見たら、まだ自分には及ばないと思って懸命に学び近づき、悪い行いやよくないものを見たら、熱湯に触れたときのようにすぐ身を引いて避けよという戒め。善に積極的で、悪に敏感であれということ。由来
中国古典『論語』季氏篇の「見善如不及、見不善如探湯」に由来する。孔子の言葉として伝えられ、孔子没後に弟子たちが記録をまとめ、戦国時代ごろ(紀元前5〜3世紀頃)に現在の形へ編まれたとされる。日本では漢文訓読の形で広まった。備考
古風で硬い表現。日常会話より訓話・座右の銘・道徳教育で使われる。「悪」は原典では「不善」とされることが多く、「湯」は熱い湯を指す。例文
- 先輩の誠実な接客を見て、善を見ては及ばざるが如くし悪を見ては湯を探るが如くすの気持ちで学ぼうと思った。
- 不正な処理を見つけたら黙認せず、善を見ては及ばざるが如くし悪を見ては湯を探るが如くすべきだ。
- 子どもに道徳を教えるとき、祖父はいつも「善を見ては及ばざるが如くし悪を見ては湯を探るが如くす」と諭した。
- 利益になる話でも倫理に反するなら近づかないのが、善を見ては及ばざるが如くし悪を見ては湯を探るが如くすというものだ。
- 彼女は友人の努力をすぐ取り入れ、陰口には加わらない。まさに善を見ては及ばざるが如くし悪を見ては湯を探るが如くす姿勢だ。
類義語
- 見賢思斉
- 善は急げ
- 君子危うきに近寄らず
- 人の振り見て我が振り直せ