魚の心は水にあり
読み方
うお の こころ は みず に あり意味
魚が水を離れては生きられず、常に水を必要とするように、人の心も自分を生かしてくれるもの、頼りになるもの、深い縁のあるものへ自然に向かうということ。人にはそれぞれ本来身を置くべき場所や、切実に求める対象がある、というたとえ。由来
魚にとって水が生命のよりどころであることを、人間の心の向かう先にたとえたことわざ。中国古典の水魚の比喩や仏教・漢文訓読の表現と関係が深いと考えられるが、成句としての成立時期は未詳。日本では少なくとも近世以降、ことわざとして用例が見られる。備考
古風で文語的な響きがあり、日常会話では頻出しない。人と環境・本分・拠り所との深い結びつきを述べる際に用いる。例文
- 都会で働いていても、彼の話題はいつも故郷の海に戻る。魚の心は水にありというものだ。
- 研究から離れて別の仕事に就いたが、結局また大学に戻った。魚の心は水にありだね。
- 祖母は年を取るほど畑のことばかり気にしている。魚の心は水にありで、土とともに生きてきた人なのだ。
- どれほど便利な町に住んでも、彼女は山の暮らしを忘れられない。まさに魚の心は水にありである。
- あの職人は一度引退したのに、道具を見ると目の色が変わる。魚の心は水にありとはよく言ったものだ。
類義語
- 水魚の交わり
- 魚と水
- 魚の水を得たるが如し
- 魚心あれば水心
対義語
- 木に縁りて魚を求む