高嶺の花は見て暮らせ
読み方
たかね の はな は みて くらせ意味
自分の力や身分、財力などでは手に入らないものは、無理に求めず、遠くから眺めて満足しておけという意味。憧れの人や高価な物、実現が難しい望みなどに対して使われる。由来
「高嶺の花」は、高い山の峰に咲いていて美しく見えるが、手が届かず摘むことのできない花のこと。そこから、手に入らない憧れの対象を指す比喩になった。成立の正確な年は不明だが、江戸時代ごろから用例が見られ、近代以降ことわざとして定着したとされる。備考
やや古風で教訓めいた言い方。恋愛対象に使うと、相手を身分違い・手の届かない存在と見るニュアンスが出るため、文脈によっては失礼に響くことがある。例文
- あの高級車は今の収入では買えないから、高嶺の花は見て暮らせというものだ。
- 彼女は人気も才能も抜群で、僕にとっては高嶺の花は見て暮らせという存在だった。
- 都心の一等地のマンションは、若い夫婦には高嶺の花は見て暮らせで、内覧だけして帰った。
- ブランド品ばかり欲しがってもきりがないよ。高嶺の花は見て暮らせと言うだろう。
- その研究職は倍率が高すぎて、今の実績では高嶺の花は見て暮らせかもしれない。
類義語
- 高嶺の花
- 雲の上の存在
- 手の届かない存在
- 及ばぬ高望み
- 叶わぬ恋
対義語
- 案ずるより産むが易し
- 当たって砕けろ
- 思い立ったが吉日