銭の光は阿弥陀の光
読み方:ぜに の ひかり は あみだ の ひかり
意味
金銭には、阿弥陀如来の後光にもたとえられるほど大きな力とありがたみがある、という意味。金があれば人を動かしたり困難を解決したりできることを、やや皮肉を込めていう。
由来
金銭の力を、衆生を救う阿弥陀如来の光明(後光)になぞらえた日本のことわざである。江戸時代前期、松江重頼編のことわざ・語彙集「毛吹草」(寛永15年・1638年)に「銭の光は阿弥陀ほど」の形で見える。最初に誰が言い始めたかは不明。
備考
「銭」は金銭の意。仏教の教義を説く語ではなく、金の効力を阿弥陀の光にたとえた世俗的・やや風刺的な表現である。上方いろはかるたでは「銭の光は阿弥陀ほど」とする。
別表記
- 銭の光は阿弥陀ほど
誤用・混同注意
- 阿弥陀如来が金銭崇拝を勧めているという仏教の教えだと解するのは誤り。金銭の強い効力をたとえた世俗的なことわざである。
例文
- 急な入院費を工面してもらい、困ったときには銭の光は阿弥陀の光だと痛感した。
- 寄付額によって対応が急に丁重になったのを見ると、銭の光は阿弥陀の光という言葉を思い出す。
- 彼は何事も金で解決しようとするが、銭の光は阿弥陀の光とはいえ、信頼まで買えるわけではない。