釈迦も弥勒も土一升
読み方:しゃか も みろく も つち いっしょう
意味
釈迦や弥勒のように尊い仏であっても、死後は土に帰るのだから、死の前では人の地位・財産・名声などの差はなく、結局は皆同じであるという意味。人間のはかなさや、むやみに身分を誇ってはならないことをいう。
由来
釈迦(仏教の開祖)と弥勒(未来に現れるとされる仏)を引き合いに出し、どれほど尊い者でも死後は土に帰るという無常観を表した民間のことわざである。特定の作者や初出は不明。江戸時代に成立・流布した上方いろはかるたの「し」の札として知られ、少なくとも江戸後期には広く用いられていたと考えられる。
備考
「一升」は約1.8リットルの容量単位。実際の埋葬に必要な土の量をいうのではなく、死後には皆が土に帰るという比喩である。上方いろはかるたの「し」の札としても知られる。
別表記
- 釋迦も彌勒も土一升
誤用・混同注意
- 「土一生」と書くのは誤り。「一升」は容量の単位である。
- 文字どおり「死者を埋めるのに土が一升あれば足りる」という意味ではない。死の前では地位や貧富の差がなくなるという比喩である。
例文
- 地位や財産をどれほど誇っても、釈迦も弥勒も土一升という。死を前にすれば人は皆同じだ。
- 権力を振りかざす彼を見ると、釈迦も弥勒も土一升という言葉を思い出す。
- 祖父は葬儀の席で、「釈迦も弥勒も土一升だ。生きているうちに人に誠実にしなさい」と語った。
分類
類義語
- 死ねば仏
- 死ねば皆同じ
対比・対照ことわざ
- 死ねば仏