群盲象を評す
読み方:ぐんもう ぞうを ひょうす
意味
多くの人がそれぞれ一部分だけを見聞きして、物事の全体像を知らないまま勝手な判断や議論をすることのたとえ。目の見えない人々が象の足・鼻・耳などに触れ、各自が触れた部分だけから象の姿を論じたという話に基づく。
由来
仏教説話に由来する。大乗仏教経典の大般涅槃経に、盲人たちが象の一部に触れ、それぞれ異なる象の姿を主張して争う寓話がある。中国では北涼の曇無讖による漢訳が421~430年ごろに行われたとされ、日本語の「群盲象を評す」はこの説話から生じた表現である。日本でこの形がいつ定着したかは明確ではない。
備考
全体を知らず一部分から判断することを戒める表現。「群盲撫象」ともいう。視覚障害を比喩に用いる由来を持つため、現代では相手や場面に配慮して使うのが望ましい。
別表記
- 群盲撫象
- 群盲象を撫す
- 群盲象を撫でる
誤用・混同注意
- 「多くの人が意見を出せば正しい結論になる」という意味に解するのは誤り。各人が一部分しか知らないため、全体を誤認することをいう。
- 「それぞれの見方はすべて等しく正しい」という相対主義の意味に限定するのは不正確。主眼は、部分的な知識だけで全体を論じる危うさにある。
例文
- 会議では各部署が自分の担当範囲だけを主張しており、まさに群盲象を評す状態だった。
- 断片的な報道だけで事件の全容を断定するのは、群盲象を評すに等しい。
- 市場調査の数字だけを見て顧客の気持ちを決めつければ、群盲象を評すことになりかねない。
分類
類義語
対義語
- 一を聞いて十を知る
- 全体を見て判断する