碁に凝ると親の死目に逢わぬ
読み方:ごに こると おやの しにめに あわぬ
意味
囲碁に夢中になりすぎると、ほかのことが目に入らず、親が危篤になったり亡くなったりする大事な時にさえ立ち会えない、という意味。碁そのものを非難するのではなく、一つの遊びや趣味に度を越して熱中することへの戒めである。
由来
正確な初出や成立年は明らかではない。江戸時代には、江戸いろはかるたの「ご」の札として「碁に凝ると親の死に目に逢わぬ」が広く定着した。囲碁に没頭する人の姿を誇張して、熱中しすぎることの弊害を戒めた日本のことわざである。
備考
「死に目」は人が死ぬ間際、またはその場に立ち会うことをいう。「逢わぬ」は現代語では「会わない」。現在は囲碁に限らず、趣味や娯楽への過度な没頭をたしなめる比喩としても使う。
別表記
- 碁に凝ると親の死に目に逢わぬ
- 碁に凝ると親の死に目に会わぬ
- 碁に凝ると親の死に目に遭わぬ
- 碁にこると親の死に目に逢わぬ
誤用・混同注意
- 「死目」を文字どおり『死んだ人の目』と解するのは誤り。「死に目」は、人が亡くなる間際や、その最期に立ち会うことを指す。
- 囲碁をすること自体が不孝だという意味ではない。何かに過度に熱中し、大切な人や責任を顧みなくなることへの戒めである。
例文
- ゲームばかりして家族からの連絡にも出ないなんて、碁に凝ると親の死目に逢わぬというものだよ。
- 趣味を楽しむのはよいが、碁に凝ると親の死目に逢わぬともいうから、仕事や家庭とのバランスを忘れないようにしたい。
- 祖父の見舞いを後回しにしていた彼は、「碁に凝ると親の死目に逢わぬにならないよう、すぐ病院へ行こう」と自分を戒めた。
分類
類義語
- 将棋に凝ると親の死に目に会わぬ
- 碁将棋に凝ると親の死に目に会わぬ
対比・対照ことわざ
- 親孝行したい時分に親はなし