平常心是道
読み方
びょうじょうしん これ どう
意味
特別な悟りや作為的な修行の心を求めず、日常のありのままの心でいることこそが「道」、すなわち悟りへ至る道であるという禅語。欲望・分別・執着に振り回されない、自然で平静な心の大切さを説く。
由来
中国・唐代(8世紀ごろ)の禅僧、馬祖道一(ばそどういつ)が弟子の趙州従諗(じょうしゅうじゅうしん)に示した言葉とされる。馬祖の語録や、宋代の無門慧開が1228年に編んだ禅の公案集『無門関』第十九則「平常是道」に収められ、日本でも禅語として定着した。
分類・由来
備考
禅宗で重視される語。一般的な「平常心を保つ」という意味より深く、悟りを特別な状態として外に求めず、日常の心そのものに道を見いだす考えを表す。
例文
- 大事な試合の前こそ、平常心是道の教えを思い出して、いつもの自分で臨みたい。
- 昇進ばかりを追い求めて苦しくなった彼に、師は「平常心是道だ」と語った。
- 茶道では、特別なことをしようとせず一服のお茶に向き合う姿勢に、平常心是道の精神が表れている。
類義語
- 平常心
- 無心
- 日々是好日
- 随処に主となる
対義語
- 妄念にとらわれる
- 煩悩に振り回される
- 心が乱れる