地獄の道は善知識
読み方:じごく の みち は ぜんちしき
意味
どのような道を進むにも、その道をよく知る案内者・指導者が必要だというたとえ。地獄へ行くような恐ろしい道でさえ、仏道を正しく教え導く師友である「善知識」が頼りになる、という形で、経験者や優れた指導者の大切さをいう。
由来
「善知識」は仏教語で、仏道へ導く善い師・友をいう。正確な初出や成立年は未詳だが、仏教的な語彙を用いたことわざとして伝わり、少なくとも江戸時代には上方いろはかるたの「ち」の札として定着していたとされる。
備考
「善知識」は単なる「善人」ではなく、仏道へ導く師・友を指す仏教語。現代の日常会話での使用頻度は高くなく、教訓的・文章語的な表現である。
別表記
- 地獄の道にも善知識
誤用・混同注意
- 「善知識」を単に性格のよい人という意味に解するのは不正確で、仏教では人を仏道へ導く師や友をいう。
- 「善知識が人を地獄へ落とす」という意味に限定して解釈するのは適切ではない。主に、困難な道にも優れた案内者・指導者が必要だという趣旨である。
例文
- 初めて海外で事業をするなら、地獄の道は善知識というように、現地事情に詳しい人の助言を受けるべきだ。
- 難しい研究分野に入るときほど、地獄の道は善知識で、信頼できる指導教員の存在が重要になる。
- 祖父は、慣れない山道を歩く私たちに「地獄の道は善知識だ。案内人の指示をよく聞きなさい」と言った。
分類
類義語
- 先達はあらまほしきことなり
- 餅は餅屋
- 聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥
対比・対照ことわざ
- 先達はあらまほしきことなり
- 餅は餅屋