内の米の飯より外の麦の飯
読み方:うちの こめの めしより そとの むぎの めし
意味
自分の家で食べる米の飯よりも、よその家や外で食べる麦の飯のほうが、おいしく魅力的に感じられるということ。身近で当たり前のものを軽く見て、他人のものや外のものを実際以上によく思う人の心理をいう。
由来
日本で古くから口承されてきた生活諺とされる。米を主食として価値の高いもの、麦飯をそれより粗末な食事とみなした時代の食生活を背景に、「外の食事は粗末でもよく感じる」という感覚を表したものと考えられる。初出資料や成立した正確な年代は不明である。
備考
米が麦より上等とされた時代の価値観を含む表現。現代では食事そのものより、「よそのものをよく見てしまう」たとえとして用いる。相手の家庭や暮らしを下げる文脈では使わないほうがよい。
例文
- 毎日同じ弁当だと飽きるけれど、友人の家で出された麦飯は妙においしかった。まさに内の米の飯より外の麦の飯だ。
- 隣の会社の制度ばかりうらやましがるが、内の米の飯より外の麦の飯と言うように、自社の良さも見直したほうがいい。
- 旅行先で食べる素朴な朝食が格別に感じるのは、内の米の飯より外の麦の飯ということかもしれない。
分類
類義語
- 隣の芝生は青い
- 他人の飯は白い
- よその飯は白い
対義語
- 我が家に勝る所なし
- 住めば都