京は遠ても十八里
読み方:きょう は とおても じゅうはちり
意味
京都までの道のりは、遠いと思っても十八里ほどにすぎない、という意味。京都に近い地域の人が、京都行きをためらう者を励ましたり、旅立ちを促したりする際に用いた言葉である。遠そうに見える目的地も、思うほど遠くはないという気持ちを含む。
由来
京都が都として人や物の往来の中心であった近世、京都周辺で用いられた旅に関する言い回しと考えられる。「里」は旧来の距離単位で、近世の一里は約3.9キロメートル、十八里は約71キロメートルに当たる。正確な成立年および初出資料は不明である。
備考
「遠ても」は現代語の「遠くても」に当たる古風な表現。十八里は出発地によって実際の距離を示すものではなく、京都を身近な行き先と感じる気持ちを表す。現在は日常会話ではあまり用いない。
例文
- 祖父は若いころ、「京は遠ても十八里」と言って、朝早くから京都へ歩いて出かけたそうだ。
- 旅行をためらう友人に、父は「京は遠ても十八里という。思い切って行ってみなさい」と背中を押した。
- 交通が発達した現代では、「京は遠ても十八里」という言葉から、昔の人の旅の距離感がしのばれる。